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毒ガスで死ぬか、政府推奨の尊厳死か『サイレント・ナイト』は皮肉と知性のクリスマス・コメディ

BANGER!!!

優しく、恐ろしく、愉快で、そして知性的な作品だ。「クリスマス・イブに地球が滅びる」という衝撃的な設定のクリスマス映画『サイレント・ナイト』は、力いっぱい、ユーモアたっぷりに“クリスマス映画”というジャンルを遊びながら、冷静に(そして製作陣さえも予想しなかった角度から)現実を深く突き刺してみせる。

地球滅亡のクリスマス・イブ

舞台はイギリス郊外の田舎に建つ屋敷。主人のサイモン&ネル夫婦と3人の息子たちはパーティーの準備に勤しんでいた。今宵はクリスマス・イブ、一同はなるべくハッピーな時間を送りたい。なにしろ今、イギリスにはあらゆる生物を死滅させる毒ガスが迫っているのだ。ガスを吸った者は、みな地獄のような痛みと出血に苦しみながら息絶えるという。

人類の滅亡を控え、夫婦の旧友たちが続々と集まってくる。活発だが自己中心的な妻・サンドラと控えめな夫・トニー、ワガママ娘・キティの一家と、レズビアンのカップルであるベラ&アレックス、医師・ジェームズと若い妻ソフィ。この夜、彼らは政府推奨の「EXITピル」を全員で服用しようとしていた。ガスが到達する前に薬を飲めば、苦痛なく、尊厳ある死を迎えられるのだ。大人たちは子どもを怖がらせまいと、その計画を告げることなくEXITピルを息子や娘にも飲ませる算段だった。

もっともパーティーが始まるや、一同の関係はどこかギクシャクしはじめる。滅亡直前にもかかわらず大人たちは小競り合いを始め、子ども同士も仲良しとは言いがたい。しかも大人の中にもEXITピルを飲まないと主張する者が現れるほか、親たちの計画は子どもにバレてしまい……。そんな中、サイモン&ネルの長男・アートは、とある可能性を信じ始めていた。

コミカルなクリスマス・コメディ、悲劇に暗転

『サイレント・ナイト』の特徴は、あくまでもクリスマス映画として幕を開けるところだ。映画の序盤はとりわけライトなテイストで、シニカルだが軽やかなユーモアが魅力の、まごうことなき“イギリス流クリスマス・コメディ”。パーティー前後のコミカルな会話劇では、サイモン役のマシュー・グードやネル役のキーラ・ナイトレイら俳優陣による充実した演技と、不遜で不謹慎な笑いを気軽に楽しむことができるだろう。

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監督・脚本のカミラ・グリフィンは、本作が長編デビューながら、意地悪なコメディの中にSF的な不穏さをたたえた会話劇に長けている。家族のピリッとした空気や大人同士のマウント合戦、昔の恋愛をめぐる(しょうもないが)ドロドロとしたやり取りなどで観客をニヤニヤさせながら、「今日で世界が終わる」という特殊な設定を会話の端々に滲ませるのだ。思わず耳を疑ってしまう台詞から、終末を控えた世界の退廃ぶりを感じさせもする。

やがて、物語は毒ガスとEXITピルをめぐる悲劇へとゆるやかに移行してゆく。グリフィンの問題意識は明確で、「毒ガスによる地球滅亡」という設定の背景には気候変動の脅威があるほか、劇中のユーモアにも世界情勢への不安や政治不信、陰謀論などの(きわめて同時代的な)文脈が存在するのだ。とくに政治不信や権力への抵抗は前面に表れており、映画中盤からはEXITピルに関する不平等・不公平や、そもそも政府の提案を無批判に受け入れてよいのかというシリアスな主題が浮き彫りになってくる。

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