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「人型ロボットの息子」が遺した優しい“記憶”とは? A24『アフター・ヤン』 小津安二郎への愛が炸裂したSF家族劇

BANGER!!!

シンプルかつスタイリッシュ、その内実に途方もない深みがある。映画監督・コゴナダは、長編映画第2作『アフター・ヤン』で鮮やかな飛躍をみせた。確実なストーリーテリングと、洗練された映像美の両立。製作のA24は、未来の映画界を牽引するフィルムメーカーを確実に見抜く慧眼ぶりをまたしても証明した形だ。

コゴナダの長編デビュー作『コロンバス』(2017年)は、“モダニズム建築の街”として知られるインディアナ州コロンバスを舞台に、父の病をきっかけに街を訪れた男と、建築家を夢見る地元の少女のささやかな交流を描いた人間ドラマ。しかし本作『アフター・ヤン』は、うってかわって近未来を舞台とする“SF家族劇”だ。

圧倒的な深みをもつ“SF家族劇”

茶屋を営むジェイク(コリン・ファレル)と妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)は、中国系の幼い養女・ミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)と、「テクノ」と呼ばれる人間型ロボットのヤン(ジャスティン・H・ミン)とともに幸せな日々を過ごしていた。ジェイクとカイラにとって、ヤンは息子のような存在。ミカも、自分と中国を繋いでくれるヤンを兄として理解している。

ところがある日、ヤンが故障して動かなくなってしまった。ジェイクはヤンを修理しようとするが、なかなか解決の手立ては見つからない。そんな中、ヤンの内部に「メモリバンク」と呼ばれるパーツが発見された。ヤンは人知れず、このメモリバンクに一日あたり数秒間の映像を記録していたのだ。その“記憶”に残されていたのは、ジェイクたち家族への優しい視線と、彼が今の主人に購入されるよりも前の出来事。そして、素性の知れない若い女性の姿だった……。

コゴナダというフィルムメーカーは、これまで手がけたすべての作品で「家族」を描いている。『コロンバス』では男と少女がそれぞれ肉親との間に葛藤を抱えていたし、本作は誰ひとり血の繋がらない家族の物語だ。製作総指揮・監督を務めたドラマ『パチンコ』(2022年/Apple TV+)も、在日韓国人一家の歴史をダイナミックに描いたシリーズだった。

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もっとも、この『アフター・ヤン』という映画はあまりにも多層的で、家族をめぐる物語の中に無数のテーマを読み取ることができる。ストレートに観るのなら、これは長男を突然に失った一家の“喪の作業”を描く物語だ。たとえば「息子の死後、父親が遺された記憶をたどり、知らなかった一面を目の当たりにする」というような筋立てと大きな差はない。隠されていた真実が少しずつ明かされるさまは、思わず胸が詰まるほど切ないミステリー仕立てだ。

そんな物語のなかに、コゴナダはさまざまな仕掛けを施した。血縁のない家族関係は、否応なしに「本当の家族とは?」というテーマを想起させるが、それだけでなく、父親が白人、母親が黒人、娘が中国系、ヤンも中国系(のロボット)という家族構成は、民族や文化の違いという壁の存在を際立たせる。また、ジェイクが言葉にし難い茶の味に魅了されて茶屋を営むかたわら、妻のカイラがエリートの企業人としてバリバリ働く様子はいかにも対照的で、やがて双方の価値観の違いを浮かび上がらせることにもなるだろう。

さらに、ジェイクがヤンの“記憶”を再生し、謎の女性の存在を知ってからは、ロボットに恋愛が可能なのか、そもそも愛情とは何か、という主題が浮き彫りになってくる。テクノの開発を大手企業が独占し、修理のプロセスや法的手続きすら掌握しているという設定は、現実の私たちが自分の記憶を写真や映像に変換し、企業の手にほとんど委ねている事実を想起させずにはおかない。しかし、そもそも今の時代に記録と記憶はどう違うのだろうか?

端正な語りと遊び心のバランス

“ロボットであるヤンの故障”という事件をきっかけに、『アフター・ヤン』は多様なテーマを絡め取りながら転がってゆく。民族・人種、血縁・家族、アイデンティティ、愛情、死生観、多数派・少数派、テクノロジー、記録と記憶、プライバシー、文化と歴史、教育……。原作はアレクサンダー・ワインスタインの短編小説「Saying Goodbye to Yang(原題)」だが、これほどの内容を96分の上映時間に描き込んだコゴナダの実力には舌を巻く。

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