「あの頃の自分が思い描いていたオトナに、ちゃんとなれてる?」
高校卒業から12年。
これは様々な想いを抱えて上京してきた、男女の物語だ。
恋に仕事に、結婚に。
夢と現実の狭間でもがく30歳の彼らが、導き出した人生の答えとは?
◆これまでのあらすじ
12年前に謎の死を遂げた、恋人の大和。彼の死に、親友の亜美が関わっているのではないかと、千紘は疑っていた。
そんなとき千紘たちの前に突然、大和の弟・大志が現れる。そして彼は、死の真相について語り始めた。
▶前回:デート中、元カレにそっくりな男と遭遇してしまった。そのとき、女が咄嗟にとった行動は…
夏原千紘、29歳。明かされる死の真相
「なぁ、亜美。答えてくれよ!まさかお前、大和を…」
初秋の夜。真っ暗な山道に、5人の男女が佇んでいる。
私とクラスメイトだった亜美、浩二とムラタク。そして12年前に死んだ恋人・大和の弟である大志くんだ。
「亜美が大和を、死なせたのか…?」
そして浩二が、強い口調で亜美を問いただしている。その言葉に彼女は黙ったままだ。目には大粒の涙を溜め、唇を震わせていた。
すると突然、バイクのヘルメットを被ったまま立ち尽くしていた大志くんが、予想もしなかった言葉をつぶやいたのだ。
「僕なんです。僕が兄を死なせました」
「…えっ!?」
私と浩二は驚きのあまり、同時に声をあげた。亜美はうつむいたままだ。ムラタクは何かを悟ったような表情で、大志くんを見つめていた。
「僕のせいなんです。兄が死んだのは」
大志くんは先ほどよりも力強い声で言うと「12年間、黙っててすみませんでした…」と肩を震わせながら、頭を下げた。
亜美はとっさに彼へ駆け寄り、大志くんの背中をさする。
「大志くんのせいじゃないから。だってあれは…」
しかし浩二は亜美を突き飛ばし、ムリヤリ大志くんの胸ぐらを掴んだのだ。
「おい、お前のせいで大和は死んだのかよ!?」
街灯のない真っ暗な山道に、彼の怒声が響き渡る。
…そのときだった。亜美がその空気を打ち破るかのように、大声で叫んだのは。
「はぁ…!?あんた大志くんの気持ち考えなよ!」
そう言って亜美が、浩二の頬を平手打ちする。その姿がスローモーションで見えた。
― 同じだ。この光景、あの日と同じだ。
12年前、大和が死んだ後の教室で、私を責め立ててきた浩二。そんな彼に、亜美がビンタする光景がフラッシュバックした。
口論する2人を前に、ただ茫然と立ち尽くす大志くんの姿が、過去の自分と重なったのだ。
― お願い、やめて…。
2人を止めたいのに声が出ない。次第に2人の姿がかすみ、視界が反転したまま、私の身体はアスファルトに叩きつけられた。
◆
「おっ、気がついた?」
ムラタクの声で起き上がると、真っ白な天井が目に飛び込んできた。
「あれ?ここは…」
「病院。千紘、さっき倒れたんだよ。医者が言うには過労と睡眠不足だって。3時間も眠ってたんだぜ」
「…ごめん。迷惑かけて」
「いいって。ゆっくり休みな」
優しく微笑むムラタクを横目に、私は再びベッドへと横になった。
「…ねぇ、ムラタクが言う通りだった」
「えっ?」
「大和が死んだ日から、私たちの時間は止まってるって。本当にその通りだよ。…12年前と同じように、亜美がまた浩二をビンタした」
言葉に詰まりながらうなだれる私を、彼がジッと見つめてくる。
「…そろそろ、12年前の話を始めようか」
そう言ってムラタクはコーヒーを口に含むと、ゆっくりと“大和の死”の真相を語り始めた。
「12年前。浩二と気まずい雰囲気のまま教室を出た大和は、バスの中で千紘にメールを打ちながら帰宅した。家に帰ると、当時10歳だった大志くんがまだ帰ってこないと母親から聞き、大和は探しに出掛けた」
まるで探偵かのような口ぶりで、ムラタクは続ける。
「大和はすぐに、大志くんを見つけた。海の近くで遊んでいた最中、白クマのキーホルダーを岩場に落としてしまった大志くんは、それを拾おうとしていた。
で、防波堤を飛び越えて岩場まで下りたはいいものの、戻れなくなって泣いていたんだ」
ムラタクの言葉に私は、大志くんがバイクの鍵につけていた白クマのキーホルダーを思い浮かべる。
「大和は岩場に下り、大志くんをおぶって防波堤へと戻った。でも、その拍子にポケットから携帯を落としてしまったんだ。彼は携帯を拾おうと、再び高い波が押し寄せる岩場へと下りた。
弟には『お母さんが心配してるから、先に帰りな』と声を掛けて。…ここまでは合ってるよね?大志くん」
ムラタクの声に、病室のカーテンの向こう側から大志くんが現れた。そこには亜美と浩二もいる。
「はい、その通りです」
そうして大志くんが、ゆっくりと語り始めた。
「その後、僕1人で家に帰ろうとしたんですが、なかなか兄ちゃんが追いかけてこないので心配になって。海に戻ろうとしたんです。
そしたら偶然、亜美さんに会って。…近所に住んでいたから、僕たち顔見知りだったんです」
そう言って大志くんは、亜美を見つめた。すると彼女も語り始める。
「私のせいなの。『やっぱりお兄ちゃんと一緒に帰る』って言う大志くんを『大和は大丈夫だから早く帰りな』って強引に帰宅させたから。
…あのとき私が一緒に海まで戻っていれば、大和は死なずに済んだのかもしれない。それで気が動転して、ムラタクのお父さんに相談したの」
「そう、だったんだ…」
かける言葉が見つからず、黙り込んでいる私を横目に、浩二が言った。
「つまり大和は、大志くんが帰った後、岩場に落ちた携帯を拾おうとして足を滑らせた。それで海に落ちたってことか」
「…多分そうだと思います。警察も、事件性はないと」
「でも、兄が死んだのは僕のせいなんです」という大志くんに、亜美が「いや、私のせい」と言う。気がつけば彼らの会話は、堂々巡りになっていた。
そんな会話をさえぎるかのように、ずっと黙っていたムラタクが突然、突拍子もないことを言い始めた。
「なぁ千紘。あの日、最後に大和へ電話を掛けたのはいつ?」
「えっ?確か、テレビでバラエティー番組のオープニングを見てたから…。19時ちょうどかな。それから何度掛けても繋がらなかったけど」
「そっか」と言い、コーヒーを飲み干したムラタクは大きく息を吸い込んだ。
「…じゃあここからは、俺の告白」
その後ムラタクが語ったのは、誰も想像していなかった“真実”だった。
「大和が死んだ日。俺は、受験勉強の気晴らしに閉店間際の書店に駆け込んだ。
だけど、お目当ての村上春樹の『1Q84』がない。ふと、大和が読んでいたことを思い出した。すぐに読みたいと思った俺は、彼に『明日、小説を貸してほしい』と電話を掛けたんだ」
「えっ…。大和は、電話に出たの?」
恐る恐る、亜美が問いかける。ムラタクは小さく頷いた。
「あぁ、出たよ。『わかった。明日持ってくよ』ってね。それだけ言って電話はプツンと切れた。亜美と大志くんを目撃したのも、このとき」
ムラタクの声が、震える。
「俺が大和に電話を掛けたのは、18時58分。…千紘が電話する2分前だ。大和は俺からの電話を切った瞬間、足を滑らせて海に落ちたんだ」
▶前回:デート中、元カレにそっくりな男と遭遇してしまった。そのとき、女が咄嗟にとった行動は…
▶1話目はこちら:交際2年目の彼氏がいる30歳女。プロポーズを期待していたのに…
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次回、ついに最終話。明らかになった大和の死に、皆それぞれ罪の意識を感じていて…?
元カレによく似た男が、突然目の前で謝罪を始めて…?彼が頭を下げていた、衝撃の理由とは
2022年9月27日