2人は結成間もない漫才コンビ。その名も「ウクライーニヤン」。
コンビ名が示すとおり、ボケ担当の女性はウクライナ出身のユリヤ・ボンダレンコさん(30)。
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ユリヤさんは今年3月、戦禍に見舞われた祖国を脱出。ドイツを経由し6月中旬、日本に。それからわずか数日後には、ウクライナからの避難者の支援活動に携わる吉村大作さん(42)と漫才コンビを結成。今月26日には、あの『M-1グランプリ』挑戦も果たした。
なぜ漫才なのか、どうしてM-1に挑もうと思ったのか。ウクライーニヤンの2人に話を聞いた。
「私のふるさと、チェルニヒウはウクライナのいちばん北の町。ロシアやベラルーシとの国境に近いので、両方向から空爆を受けました」(ユリヤさん)
2月にロシア軍の侵攻が始まって以降、サイレンの鳴り響かない日はなかったと振り返るユリヤさん。湿度の高い地下室に身を潜めながら、時折、表に出てみると、道路には焼け焦げた戦車が横たわり、爆撃の火炎で、夜空はまるで昼間のように明るかった。死の恐怖を感じ、国外脱出を決意。
しかし、彼女の両親は国に残ることを決めた。別れの日は胸が張り裂ける思いだったという。妹が暮らすドイツに向かう途中、4カ月前に結婚したばかりの夫(46)は、軍に召集されてしまった。
■戦火を逃れ避難したのは憧れの国・日本
「この先、どうしたらいいのか」
途方に暮れたユリヤさんの心に浮かんだ行き先が、日本だった。
「’15年にラジオで、東日本大震災で被災した人たちのことを知りました。家や愛する人を失っても、ゼロから人生を立て直した人たちがいたことに感銘を受けました」(ユリヤさん)
いつか行ってみたい、暮らしてみたい……、はるか遠い日本に思いを馳せながら、独学で日本語を学び、俳句を勉強してきた。そして、今年6月。思いがけない形で、夢だった日本にたどり着いた。
いっぽう、大阪でコンサルタント業を営む吉村さんは、ウクライナの人たちの支援活動に関わっていた。日本で仕事を探すユリヤさんとSNSで知り合うと、画家が本業の彼女にデザイン会社を引き合わせた。吉村さんは彼女のことを「平和の使者、戦争の語り部」と捉えていた。
「でも、ただ悲しみを伝えるだけでは、関心が薄れてしまう危機感がありました。現に仕事探しを手伝っていても、手を挙げてくれる企業は戦争の長期化に伴って減少傾向でした。かわいそうという目線だけでは、ニュースの向こう側に、生身の人間がいることが伝わらない気がしていました」(吉村さん)
そこで、吉村さんは笑いの要素を取り入れようと考えた。
「悲しみ以外の感情を共有できれば、もっとウクライナの人を身近に感じてもらえるんじゃないかと思ったんです。それでユリヤに『ウクライナのことを伝える講演をしよう、そのなかに笑いを、漫才を取り入れよう』と提案しました」(吉村さん)
とっぴとも思える提案を、ユリヤさんは快諾した。
「最初は、私が日本語で、日本の人を笑わせることができるのか、わかりませんでした。でも、浅草で本物の漫才を見て、すごく面白かった。私もやってみようと思いました。もっと日本の人と仲よくなれる気がしました」(ユリヤさん)
相談を重ねるなかで、吉村さんは、M-1挑戦を思い立つ。
「1人でも多くの人に、ウクライナへの関心を持ってもらいたいからです。そのためにも、M-1の1回戦はなんとか突破したい」(吉村さん)
■M-1を通して伝えたい「悪を許さないで」
ユリヤさんには、漫才を、M-1挑戦を通じて、日本の私たちに伝えたいことがあるという。
「ニュースのなかでは、たとえば『1000人、犠牲になりました』と数字が強調されますが、それぞれの人については報じられないし、皆さんも考えない。でも、皆さんと同じように夢を持って生きていた人、一人ひとりが生を失い死んだことを忘れないでください。ウクライナの戦争はウクライナだけの問題ではありません、世界の問題。悪を許さないでください。そして慣れないでください」(ユリヤさん)
幸いにも、ユリヤさんの両親、それに夫は、いまも無事が確認されている。
「戦争が怖くて泣いてばかりの私のことを母はとても心配していた。だから、両親や夫には、こうして私の笑顔を見せてあげることが、いちばん大切だと思っています」(ユリヤさん)
これまで、ウクライーニヤンは何度か稽古を重ね、人前で漫才も披露してきた。その手応えを尋ねると、吉村さんは頭をかいた。
「ぶっちゃけ、1回戦を突破できるか否か、瀬戸際だと思います。正直、僕次第です。僕のほうが度胸が足りなくて、セリフが飛んでしまうこともあって(苦笑)」(吉村さん)
相方の言葉を聞いていたユリヤさんは、笑って言葉を継いだ。
「吉村さん、いっつもすごく緊張しています。私、こう言いました。『吉村さん、ここはあなたの国・日本です。セリフはあなたの母語・日本語です。どうしてそんなに緊張していますか?』って(笑)」(ユリヤさん)
舞台裏ではユリヤさん、ボケではなく、ツッコミ役のようだ。
「そうなんですよ。口にこそ出しませんが、きっと心の中では僕に『こいつ、言い出しっぺやのに、なんでできないねん!』って、きつーいツッコミ、入れてると思いますよ(笑)」(吉村さん)
さて、残念なことに結果ウクライーニヤン、一回戦突破はならなかった。ただし、100組近くのアマチュアの中ではベストという、「ナイス、アマチュア賞」を受賞した。
「一応、爪痕は残せたと思います」と吉村さん。
これからのウクライーニヤンに期待しよう!