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モラハラ夫から逃れた50代女性…「私物回収」阻む嫁ぎ先の“復讐”〜実録・ボディーガード体験談

オトナンサー

 タクシーを降りて、30メートルほど先の母屋に向かうとき、強烈な違和感を覚えました。母屋を背に、横一列に並んだ男女7人が、ジッとこちらを見ているのです。全員、表情の分からない目で、こちらを見つめていました。無表情とは違います。攻撃的であるような、しかしおびえたような目です。その中の一人、60歳前後で小太り、短パンにランニングシャツの男性がニコニコしながら話し掛けてきました。A子さんの夫です。張り付いたような笑顔で、「待っていたよ! A子!」と大きな声で近づいてきました。

 A子さんはビクッとしましたが、目を合わせず、「必要な物を頂いたら帰ります」と毅然(きぜん)と言いました。他の6人は、しゅうとめ、夫の妹、妹の夫とその子どもたちだったかと思います。なお、われわれの同行については、事前に依頼人が伝えていたので、身分を告げる必要はありませんでした。

形見の着物を隠され…「110番通報します」

 A子さんの私物は、1カ所にまとめておく約束だったそうです。しかし彼女は、「あいつ(夫)はむしろ、隠すと思います」とタクシー内で言っていました。もし、そうなったときは家の中を探す必要があるので、警護が必要だったのです。母屋の玄関に置かれていたのは、大きめのスーツケースと、紙袋が2つ。夫が言うには、「君の物は全部そこに置いたよ」とのこと。中身を確認すると、1つを除いてほぼそろっていました。

「着物はどこですか?」と尋ねたA子さんに対し、夫は「他に君の物はないよ」と言い放ちました。後ろでは、しゅうとめが薄ら笑いを浮かべています。ちなみに、家のパワーバランスは、しゅうとめがトップだそうです。A子さんの表情が、みるみる険しくなります。

「母の形見の着物です! ないわけがないじゃないですか!」

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 誰も、A子さんのそのようなけんまくを見たことがなかったのでしょう。家族が初めて表情を変えました。特に夫は、奥さんに気おされるなど、考えもしなかったのでしょう。笑顔のまま引きつっていました。

 しかし、バツが悪かったのか、「だったら自分で探せばいいんじゃないの?」と言い返します。「ただし、他人は上がってくれるな。家に入るならA子一人で」と付け足しました。もちろんそう言われたら、われわれは勝手に上がることはできません。「本当にひどい…」と、A子さんは涙を浮かべていました。

 A子さんがここに来た目的は「母親の形見の着物」だったのです。それは向こうも承知しています。無意味なことをする人間性は理解できませんが、せめてもの復讐(ふくしゅう)なのでしょう。もちろん、彼らが隠した証拠はありません。しかし、故意に隠したのであれば、少なくとも今は攻撃しないとも推測できます。精いっぱいの嫌がらせが、それなのですから。

 ただし、ここで探すのを諦めては、来た意味がありません。私は「このままでは、らちが明かないので110番通報します」と告げました。もちろん警察を呼んだところで、どうにもならないでしょう。そもそも、われわれに上がり込む権利はないので、逆に警察を呼ばれてもおかしくありません。それでも通報をにおわせたのは、後ろめたい人間にとって、警察の介入は心理的な揺さぶりになるからです。深刻な事態を実感させられるため、通報をにおわせるだけでおとなしくなる相手は結構います。もちろん通じないこともあります。つまりはダメ元です。

 夫も、「呼びたきゃ勝手に呼べばいい。こっちは何も困らん」ともっともなことを言いました。しかし、しゅうとめがそれを止めたのです。「こっちへいらっしゃい」と、夫を見えない所に連れていきました。3~4分して戻ってくると、「そこまで言うなら上がって構わないが、勝手に動き回らないでくれ」と、夫がふてくされた顔で言いました。警察が来ると困る事情がしゅうとめにあったのか分かりませんが、家に入る許可は得ました。

 ただし家族の視線は、われわれの一挙手一投足にべったりと注がれています。7人で後を付いてくるのです。昼間でしたが、薄暗い室内と相まって、緊張感がありました。暴力の可能性は低い状況ですが、油断はできません。

 その不気味な空気の中で、やはり目立っていたのは夫です。やたらと近づき、A子さんに話し掛けてきました。しかも隙あらば、A子さんに密着しようとします。ちなみに、話し掛ける内容は、「僕も手伝うよ」「ここも探した方がいいよ」「段差に気を付けて」など無意味でしたが、他の家族が静かにわれわれを見つめるのに対し、彼の作り笑顔と猫なで声が、ひどく不快でした。

警護のメリットは「相手と対等に向き合えること」

 家はとても広く、2時間ほど探しましたが、着物は見つかりません。さすがに個人の部屋までは入れないので、そこで諦めました。「覚悟はしていた」とA子さんは言っていましたが、本当につらかったと思います。それが目的で、ここに来たのですから。

 仕方なく、引き上げることにしました。夫が「駅まで送る」と言いましたが、私から丁寧に断りました。A子さんは誰の目も見ずに「お邪魔しました」と告げて、われわれとその場を後にしました。取りあえず、駅の方面に向かって歩きましたが、振り返ると夫が、道路まで出てこちらを見ているのです。しかも、手を振っています。彼の目が届かないところまで進み、タクシーを呼びました。

 帰りの道中、A子さんは冗舌でした。緊張から解放された人は、テンションが上がることが珍しくないですが、先ほどとは別人のようです。彼女から、しきりにお礼を言われました。そして、「あの連中を前にして、あんなに堂々とできたのは初めてです」「着物は残念だけど、一人だったら怖くて声が出なかった」ともおっしゃっていました。安心感によって相手と対等に向き合えることが、警護のメリットなのです。A子さんのもともとの性格は分かりませんが、夫を相手に毅然と対応できたことで、自信を得たように見えました。

 A子さんの年齢を考えると、離婚は覚悟のいる決断です。しかし、すがすがしい表情からは、離婚で失うものよりも、“新しい人生”という収穫の方がはるかに大きいように感じました。

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