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今年は秋から邦画が豊作らしい 『マイ・ブロークン・マリコ』『LOVE LIFE』 茶一郎レビュー

映画スクエア

 のちに分かりますが、妙子の夫は人と目を合わさない人物。冒頭から夫婦はほとんど目線を合わさない、映像的にも妙子と旦那の目線が同じ軸に並ばない。「目と目を合わす」というのがキーワードになってきます。それを映像で見せる冒頭。おっとっとこの夫婦なんだか不穏だぞという事を映像的に語る見事な『LOVE LIFE』の空間の切り取り方。同じ空間にいる夫婦を映しながら浮き彫りになる「個人」「孤独」。近いけど遠い。

 一方、妙子の住む団地の棟から見て、広場、小学校のグラウンドのような中庭を挟んで向かいに旦那の両親が住む団地の棟がある。夫婦同士は「近いけど遠い」でしたが、こちらは「遠いけど近い」と言った具合に切り取るんですよね。本当に上手い。冒頭で妙子が広場を挟んで、向かいの棟にいる旦那の母親と大声で会話をするシーンだったり、全編、主人公がいる棟と向かいの棟、この距離感を物理的には遠いけど、精神的には近いように見せる。これは妙子が遠くに住んでいるはずの旦那の両親に縛られている印象を与えますし、この遠いけど近い距離感がアッと驚く展開に観客を導いていきます。ともかくこの見事な空間の切り取り方、『LOVE LIFE』は素晴らしい団地映画であり、会話劇的にも、映像的にも夫婦地獄、家族地獄を浮き彫りにします。

 そして最悪な事にこの家族に悲惨な出来事が襲う。私、試写で見ていましたが、思わず「アッ」と声が漏れてしまう、体温が急激に下がる思いをしました。最悪、理不尽な悲劇が主人公たちを襲い、ただでさえ孤独を感じて、家族における「個人」を強調していた『LOVE LIFE』はより主人公たちに孤独を強制し、彼ら「個人」を浮き上がらせていきます。

監督過去作と描かれる「孤独」

 この展開はとても深田晃司監督的と言っても良いかと思います。監督前作にあたるドラマ『本気のしるし』は、これまたパワフルな、恋愛についての恋愛ドラマという意味での恋愛ドラマでしたが、本作に連なるのは特に監督の初期作『歓待』、その変奏版とも言える『淵に立つ』かと思います。

 過去の私のレビューで深田作品を「闖入者モノ」なんてまとめた事があります。深田作品は、一見、幸せそうな家族、一見、幸せそうなコミュニティの中にある闖入者、侵入者が訪れ、その家族外の、コミュニティ外の第三者の視点によって、「一見、幸せそうな家族」「一見、幸せそうなコミュニティ」の「一見、幸せそうだけど実は」が暴かれていくと、そういった物語が多いです。

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 時にその闖入者を主人公として、その第三者の視点が物事を良き方向に進める、明らかにエリック・ロメール作品に影響を受けた『ほとりの朔子』、そのファンタジー版『海を駆ける』なんてのもありますが、先ほど挙げた『歓待』、『淵に立つ』ではその闖入者が余りにも不条理な、もはやシュール的ですらある存在であるというのが本作『LOVE LIFE』に近いです。パゾリーニの『テオレマ』を思い浮かべて頂ければ良いかと思いますが、もはや超自然的ですらある、不条理な闖入者、その闖入者が起こす事故によって家族が崩壊し、いや主人公は家族という呪いからむしろ解放され、個人として再び人生を歩み、家族を再構築しようとします。

 『歓待』における古舘寛治さん演じる突然家に来た男、その男が巻き起こす珍事。『淵に立つ』における浅野忠信さん演じるこれまた突然、家に来た男、その男が巻き起こす惨事。これが本作では序盤の不条理すぎる悲劇。加えて家族の元に訪れる主人公の元夫に置き換わっている。重要なのは物語構造の類似よりも、主人公が家族という呪いのようなものから解放され、しっかりと「個人」として生きていこうとするという事だと思います。

 妙子もまた悲劇と、突然、彼女の元を訪れた元夫により「個人」として心の傷を向き合うことを強いられる。深田監督、「文學界」のインタビューで自分が描きたいことは「人の孤独」だとおっしゃっている。「孤独について描いた作品」が孤独な観客の心に寄り添えて、観客の心を癒すのではないかと、これは物凄く美しい考えだなと思いました。家族映画、時に恋愛映画というフォーマット、ジャンルで普通の恋愛・ホームドラマで描かれる人と人との繋がりではなく、その物語の中にいる登場人物の「孤独」を、「個人」の物語を描くと、これが深田流ホームドラマ。その現在の最高到達点『LOVE LIFE』でした。

さいごに

 家族映画で「孤独」を描く、観客の孤独に寄り添うという美しさ以上に、僕がこの『LOVE LIFE』で強い感動を覚えたのは、そんな孤独を抱え、心に大きな傷を負った主人公に対して、その「心の傷」を、喪失を、悲惨な過去を忘れる必要はないと強く言ってくれることですね。目線を合わせて、目を合わせて。心の傷は癒す必要はないし、癒す事はできないかもしれない、いや癒す必要なんてない、忘れることなんてできなくていい、その大きな大きな喪失を受け入れる事で人生を前に進ませることができるのかもしれない。

 この『LOVE LIFE』が強く目を合わせて語ってくれる「喪失」との向き合い方は、『ノマドランド』でもいいです、『ドライブ・マイ・カー』の「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ」でもいいです、他の同時代の「喪失」と向き合う物語とリンクします。「喪失を忘れるのではなく、受け入れる」。本作『LOVE LIFE』のタイトルは劇中で使用されている矢野顕子さんの曲から取られています。その歌詞「どんなに離れていても愛することはできる」は、奇遇にもコロナ禍のテーマソングというか、愛のパワーは物理的な距離、リモートを超えるんだと。「喪失」と「孤独」「心の傷」について、物語をとっても、この歌詞をとっても、まだまだ続くコロナ禍の邦画として観客の心に感動を呼ぶパワフルな一本になっていると思う『LOVE LIFE』でございました。

【作品情報】
マイ・ブロークン・マリコ
2022年9月30日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国ロードショー
ハピネットファントム・スタジオ/KADOKAWA
(C)2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

【作品情報】
LOVE LIFE
公開中
配給:エレファントハウス
©2022 映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS

茶一郎
最新映画を中心に映画の感想・解説動画をYouTubeに投稿している映画レビュアー

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