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本作を観ずに 今年の映画は語れない 『わたしは最悪。』『リコリス・ピザ』茶一郎レビュー

映画スクエア

 PTA作品ではしばしば父と子の物語。父親を持たない主人公が、あるコミュニティのカリスマに疑似的な父を求めるという物語が繰り返され、特に『ザ・マスター』ではその主人公、子と擬似的な父の関係性が単なる父子・師弟関係を越えたホモセクシャル的に描かれていましたが、その主人公と年長のカリスマとの関係性が、本作『リコリス・ピザ』ではゲイリーと年長のアラナの関係性に変化していると、過去作と重ねて見ていました。本作のゲイリーも父親がいない家庭という、PTA作品的家族のモチーフを繰り返しています。

走る、走る、走る

 描かれる恋愛模様は本当に瑞々しいですね。『ファントム・スレッド』のラストに主人公が見たあの未来の幸せ、未来の愛の様子を真っ向から描いて2時間ちょっとの映像に引き伸ばしたようなド直球に美しい恋愛模様。唯一PTA作品で恋愛要素が前面にあった『パンチドランク・ラブ』と比較しても、その糖度は10倍、20倍。この甘酸っぱさはとても見やすい。本作からポール・トーマス・アンダーソン作品に入るというのもいいかもしれません。普通の恋愛映画としても見やすいんじゃないかなと思いました。

 まずゲイリーとアラナの出会い、それは超冒頭で起こりますが圧倒的に素晴らしいですね。ゲイリーが通う高校の写真撮影の日、ゲイリー含め、撮影を待つ生徒の行列はスクリーン、左から右に進んでいる。一方、撮影のアシスタントをしているアラナは右から左に進む、左に歩くアラナをカメラはじーっくり追って、アラナの背後では高校の中庭のスプリンクラーが動いている、太陽の光も差し込む、レンズフレア、一目惚れ不可避というもうこの映画の魔法がかかっているとしか表現し得ないアラナの登場シーン。これが映画ですね。そこから左から右のゲイリー、右から左のアラナと、反対方向のアクションが衝突して、二人が出会う。この『リコリス・ピザ』はとにかく左から右に、右から左に走る、走る、走る。カメラを置き去りにするかのように走る二人を、カメラが後から追いかけるトラッキングショットの映画。下手なアクション映画よりアクションが際立つ映画です。『わたしは最悪。』に続く「走る」映画でもあります。

「記憶映画化」系の作品

 『わたしは最悪。』との比較で言うと、本作『リコリス・ピザ』も、普通の恋愛映画のようにわかりやすい一本道のストーリーがある訳ではない、『わたしは最悪。』同様、章立て感、エッセイ感覚がある映画ですね。ここは困惑される方もいらっしゃるかもしれません。どこか『リコリス・ピザ』は恋愛青春劇以上に、当時の時代の記憶をゆるやかにさまような豊かな映画体験を堪能できる一本だなと思いました。本当に記憶力が良くて、超映画マニアのPTAは、常に過去の映画の記憶を下敷きにして新作を作ると。監督の「映画の記憶」が毎作ベースにあるPTA作品。本作もそのPTAの映画の記憶たち『アメリカン・グラフィティ』だったり、『初体験/リッジモント・ハイ』だったり、過去の作品と比較されて語られておりますが、個人的には往年の青春名作よりも「記憶映画化」系の映画群ですね。『フェリーニのアマルコルド』から『ラジオ・デイズ』『ROMA』監督自身の人生とか、時代の「記憶」を映画化するというそういった一連の作品を観た時に近い感覚を本作『リコリス・ピザ』に持ちました。

 当時を象徴とする固有名詞たくさん出てきます。「こういうことありました」終わり。「こんな人がいました」終わり。この記憶のザッピングというか、それが本作のエッセイ感だと思いますが、特にこの一連の「記憶映画化」系の映画の特徴は、作り手の記憶に残るキャラクターが濃い~人物が登場すると、特に『アマルコルド』なんてそうですが、そんな特徴がこの映画群にあります。本作『リコリス・ピザ』でもショーン・ペンが演じるイカれた俳優ウィリアム・ホールデンならぬジャック・ホールデンとか、何よりブラッドリー・クーパーが怪演を見せているジョン・ピータース、一々、キャラが濃い人物とそのエピソードが二人の恋愛に差し込まれるが故に、映画全体の味付けが濃くなっています。

青春映画モチーフとしてのウォーターベッド

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 キャラクターだけではなくて、特に「ウォーターベッド」関連のエピソードも印象的でした。PTA作品の主人公は起業家精神を持っているキャラが多いと、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『パンチドランク・ラブ』に続く本作の青年起業家ゲイリーの設定でした。先ほど挙げた『テルマ』もそうですし、『卒業』とか青春映画には、地に足が付いていない不安定な青春模様とその若者たちの肌、瑞々しい彼らの肉体を切り取るため、「海」「水」特に「プール」がよく出てくる青春映画頻出モチーフなんですが、それが本作では「ウォーターベッド」に置き換わっています。これ発明的だなと思いました。ゲイリーとアラナ、二人の友人とも、親友とも、恋人でもない不安定な関係性の二人が、プカプカと不安定な「ウォーターベッド」の上で繋がっていくという、これも素晴らしいモチーフであり、やはりこのシーンには映画のパワーがありました。青春映画としての『リコリス・ピザ』を印象付けるものでした。

 何より映画の魔法といえば、この走る映画『リコリス・ピザ』に最後にかかるその魔法。先ほど右から左、左から右、カメラを置き去りにするかのように二人が走る、走る、走る、トラッキングショットの映画が『リコリス・ピザ』というお話しました。このトラッキングショットがこれまたラスト、編集によって、なんてことのないシンプルな編集なのですが、これがとんでもない映画の魔法を観客に見せます。とても130分ちょっとの映画とは思えない、贅沢なゆるやかな時間の流れと、その時代の記憶、いくつかの映画の魔法を堪能できる最高に豊かな映画『リコリス・ピザ』だと思います。ぜひ『わたしは最悪。』と合わせてご覧下さい。

【作品情報】
『わたしは最悪。』
7月1日(金)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ他全国順次ロードショー
© 2021 OSLO PICTURES – MK PRODUCTIONS – FILM I VÄST – SNOWGLOBE – B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA

【作品情報】
『リコリス・ピザ』
7月1日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
© 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
配給:ビターズ・エンド、パルコ

茶一郎
最新映画を中心に映画の感想・解説動画をYouTubeに投稿している映画レビュアー

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