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田中律子語る筒美京平さんの忘れられない助言「顔の見える歌い方を」

女性自身

田中律子語る筒美京平さんの忘れられない助言「顔の見える歌い方を」

住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代、あこがれていたアーティストの話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょう――。

 

「’88年に歌手デビューするとき、杏里さんがレコード会社の先輩だったことから“杏里の妹分”として売り出してもらうことに。デビュー前には、勉強のためにコンサートにうかがったりしました。楽屋にお邪魔すると、杏里さんが『律っちゃん、律っちゃん』ってかわいがってくださって。ソバージュで、すらりと背が高くて、あこがれのお姉さんでした」

 

こう語るのは、田中律子さん(50)。小学生のころはシブがき隊、とくにモックン(本木雅弘)にのめり込んでいたと振り返る。

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「ヤックン(薬丸裕英)ファンとフックン(布川敏和)ファンの、私とは“推し”のかぶらない友達と3人でいつも、渋谷公会堂でのコンサートに行ったり、曲の合間に入れるコールの練習をしたりしていました」

 

コンサート会場で“出待ち”をしても、あこがれのモックンは大勢のファンに囲まれていて、遠くのほうに、米粒のような大きさでしか見えなかった。

 

「芸能界って、それほど遠いところ。まさか自分が飛び込むなんて考えてもいませんでした」

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