「キセル乗車」を”発明”した意外なヤツとは? 今も悩みのタネ「不正乗車」 百年前から嘆かれていた日本人の「道徳心」

いつの時代も不正乗車は起きています。鉄道の黎明期まで記録をさかのぼると、鉄道が普及するにつれ、職員によるチェックをすり抜ける輩も増えてきたようです。

鉄道の「不正乗車」昔はどんな状況だったのか

 2023年7月、JR九州の古宮洋二社長が会見で「不正乗車が多発している」と述べたことが話題となりました。同社は全571駅の6割が無人駅で、近年は都市部でも無人駅が珍しくありません。これを悪用した不正が相次いでおり、小倉駅で1日平均300枚発売される「初乗り170円」の切符のうち、隣の西小倉駅で回収されるのはわずか30枚だというのです。

 残念ながらいつの時代も不正乗車は起きています。鉄道黎明期は利用者一人ひとりのきっぷを確認することができましたが、鉄道通勤が一般化し、利用者が爆発的に増えた大正期以降はチェックしきれなくなり、様々な不正が出現します。

 まず1914(大正3)年に発行された、鉄道省運輸局職員の斎藤忠が記した現業員向け指南書『鉄道之旅客運輸』では、改札業務の心得として回数券や定期券の不正対策に触れています。

 当時の回数券は表紙付きでとじられており、乗車時に駅員が切り離した上で鋏を入れていました。使用済み券の使いまわしを防ぐため、乗客が切り離して持ってきた場合は無効としていました。この対応は、今より格段に利用者が少ない時代だったから成り立っていたのでしょう。

 ただ官営とはいえ杓子定規に扱っていたわけではなく、乗客から事情を聞き、悪意がないと判明した場合は次回以降気をつけるよう諭した上で有効と取り扱うとも記しており、バランスには苦慮していたことがうかがえます。

 発売金額の大きい定期券はなおさら大変でした。当時は定期券を紛失した場合、手数料50銭を払えば再交付ができる仕組みでしたが、これを悪用して購入していない定期券の「再交付」を求めるものがいたようです。

 再交付の際は定期券発売台帳で確認すること、また紛失したはずの定期券がしれっとそのまま使われていないか「十分注意しなければならぬ」としていますが、これは注意してもどうしようもありません。こうした事情から再交付の制度自体がなくなっていったのでしょう。

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「キセル」が世に出たのは意外な理由!?

 第一次世界大戦の戦争特需が本格化すると、鉄道利用者が一段と増え始めます。1917(大正6)年発行の業界誌『鉄道』にも不正乗車が取り上げられており、「乗客の激増に連れて定期乗車券を利用して不正乗車をする者が非常に増加した」として、新橋運輸事務所では検札を厳重にすることにしたと記しています。

 不正乗車が特に多いのは京浜間で、国府津以西は少ないものの、東京に近づくほど不正乗車が増える傾向にあったそうです。最も多いのは借り物や期限切れといった定期券の不正使用。なかには以前定期を購入して駅員と顔なじみになったことを悪用し、定期を持っているふりをして「失敬」と改札を通過する事例もあったようです。

 そしてこの記事には、現代でも不正乗車の代名詞といえる「キセル」の文字が出てきます。キセルとはタバコを吸う器具で、刻んだタバコを詰めて火をつける先端の「雁首」という金具と、煙を吸う「吸い口」という金具を、竹の管でつなぎます。両端だけ金具(金がある)ということから転じ、「入場と出場だけ有効な乗車券を持ち、その間は無賃乗車する」という不正乗車の手法をこう呼びます。

 記事によれば、キセルは明治末にある留学生が編み出した手法だといいます。大久保~御茶ノ水間を乗車するのに、大久保~新宿間と牛込~御茶ノ水間の2枚の定期を購入し、それぞれ使い分けていたのですが、ある日改札で間違った定期を出してしまい悪事が露見しました。

 1917(大正6)年時点でもキセルは多く行われており、検札励行の結果、1か月間に没収した定期券は200枚近くに達したそうです。