生命誌研究の中村桂子さんに聞く、日本の息苦しさの正体|「生きもの目線」の哲学①

人間は生きものである──。この考えをもとに、生命約40億年の歴史を研究してきたのが、中村桂子さんです。その「生きもの目線」によって、日本社会にある息苦しさの正体や、昨今の気候変動の取り組みで、抜け落ちている視点について語ってもらいました。

効率・競争社会のツケ

YAMAP 春山慶彦(以下、春山)

今日はお時間をいただきありがとうございます。直接お話をお伺いできるのを楽しみにしていました。よろしくお願いいたします。

生命誌研究者 中村桂子(以下、中村)

こちらこそ、ありがとうございます。

春山

最初に自己紹介と、私たちが行っている事業の紹介をさせていただければと思います。私は1980年、福岡県で生まれました。今、42歳です。

中村

あらまぁ、私の半分以下ね(笑)。

春山

YAMAPを起業しようと思った一番の理由は、日本社会の最大の課題は、身体を使ってないことにあるのではと思ったからなんです。別の言葉で言うと、私を含め現代人は土から離れた生活をしてしまっている。

生きる原点。先生の言葉だと、「人間も自然の一部である」ということですが、これは生きものとして大前提であり、当たり前のことだと思うんです。それを知識として分かっていたとしても、自分のいのちとしてそれを理解していたり、実感していたり、あるいは環境や風土が自分のいのちそのものであるという、この身体感覚がすごく鈍くなっている。

だからエネルギーや食に対してあまり考えずにきてしまった。そうしたツケが3・11の原発事故で表出したと思っています。

ただ、「農業したほうがいい」とか「漁業したほうがいい」とか、そういうべき論では人の気持ちは動かない。「楽しい」とか「ワクワクする」というような、ポジティブな回路で都市と自然をつなぐということができたら、社会によいインパクトを届けることができるのではないか。現代において、登山やキャンプなど自然の中で時間を過ごすアウトドアは社会的意義があるし、可能性もあると思ってYAMAPを始めました。そして今年で10年目(2023年4月時点)になります。

中村

その10年で社会に変化はあったとお思いですか?

春山

むしろ悪くなってきているのではないかと思います。

中村

私もそう思います。このところ急速に悪くなっていますね。

春山

その変化について、先生はどのようにお考えですか。

中村

3・11を経験して、私は『科学者が人間であること』(岩波新書)という本を書きました。誰だってあの福島の原発事故はショックだったと思いますが、科学者としては本当に衝撃を受けました。

あの事故はなぜ起きたのかと考えたとき、原発を海の近くに建てたからでしょう。しかも、もともとあった崖を削って低いところに施設をつくった。あれを上につくっていたら……。

春山

そうですよね。

中村

それは後知恵ではありますけれど、崖を削ったのは、効率を求めたからですよね。

春山

そうですね、人間の効率のためです。

中村

効率は必要ですが、短期間のお金もうけにつながることだけを効率の良さと考え、それがやるべきことだという社会になっていたところが問題ですよね。つまり、原発事故はそれゆえに起きてしまったということです。その原点を考えなくてはいけない。

これには、競争で効率化を図ろうとする新自由主義が影響していると思います。新自由主義は、私の言う「生命誌」、人間は「生きもの」であるという考え方と対極にあります。新自由主義の考え方がなかなかなくならない。ずっとそのままですよね。

今はその影響がますます大きくなっています。全てを個の責任にして、とにかく競争させる。競争させればよい社会ができるという考え方は間違いだとは、誰の目にも明らかでしょう。

春山

おっしゃるとおりです。

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アリとライオンの比較

中村

私は新自由主義が大嫌いです。とにかく「競争しろ」と言うでしょう。しかも、1つの価値観に従って、その中で1番、2番、3番……と順位をつける。

人間は生きものであり、生きものにはアリもいれば、ライオンもいる。そこで、「アリとライオン、どっちが上?」と言って比べることなど、決してできない。

春山

そういう発想にすらならないですね。

中村

アリはアリですばらしい、ライオンはライオンですばらしい。アリとライオンのどちらが優れているかと比べるのは無意味ですよね。

同じように、1つの価値観の中で人間を1番、2番と比較するのは無意味だと思いませんか。ほかのところでいいことがあったら、それでいいでしょう。駆けっこが遅い人もいるでしょう。でも、その人が絵が上手だったらそれでいいと思うんです。

ライオン、アリ、タンポポ、バラ……。生きものには、本当にたくさんの種類があります。それぞれ全く異なる特徴があるけれど、トータルで見ると全部同じだと思います。人間もそれぞれ個性はあるけれど、トータルで見たら同じ。

春山

まさに、それが先生のおっしゃる「生命誌」であり、「生命誌絵巻」(写真参照)ですね。

40億年の時間の重みと生命の全体性がわかる「生命誌絵巻」

中村

そうなんです。人間も他の動物や植物と同じように生きものと考えれば、みんな同じ。でも、見た目や特徴はバラバラ。それを1つの物差しだけで測るという社会をつくったら、とても生きにくいに決まっている。

でも、新自由主義はそれをやってしまったから、今、どんどん生きものとしての人間の能力が失われて、価値観もがらっと変わってしまいましたよね。人と人とを競争させて、ギスギスしています。それをやめない限り、よい社会にはならないでしょう。

春山

そうですね。