「我々は7691名のパイロットを救った」軍用機“射出座席”メーカーの矜持 緊急脱出後に待つ世界とは

第2次世界大戦中から一貫して射出座席の研究開発を続けてきたのがイギリスのマーチン・ベイカー社です。彼らの誇りはSNSにも表れており、公式WEBサイトでは射出座席の使用例を公開するほど。その信念と誇りをスタッフに聞きました。

世界シェア半分以上、マ社の射出座席

 射出座席とは、軍用機が被弾や故障によって飛行不能な致命的な状態になったとき、パイロットを安全に機外に脱出させるための装備で、現代の戦闘機(爆撃機など一部の大型軍用機も含む)には必須のものといえます。

 では戦闘機がプロペラで飛んでいた時代、すなわち射出座席など存在しなかったときはどうやってパイロットは脱出していたかというと、緊急事態が発生したら自力でコックピットから飛び出し、体に装着したパラシュートで地上に降りるという形でした。しかし、戦闘機がジェット化し、より高速で飛ぶようになると、あわせて空気抵抗も増大したことで自力での機外脱出が難しくなりました。そこで、新しい脱出方法として射出座席が開発されたのです。

 いまや、ほぼすべてのジェット戦闘機に標準装備されるようになった射出座席ですが、世界を見渡してみても射出座席を作れるメーカーは数社しかありません。そのなかで、市場の半分以上、約53%(同社発表)のシェアを持つのがマーチン・ベイカー社です。

 同社が射出座席の開発を本格的に始めたのは、第2次世界大戦中の1944年のこと。翌年の1月24日には地上での最初の射出試験を行い、大戦終結直後の1946年7月24日には飛行中のジェット戦闘機グロスター「ミーティア」から実際の人間を使って射出テストを実施。この試験を受け、のちに同社の射出座席において最初の生産モデルとなった「マーチン・ベイカー Mk.1」が誕生します。

 以降、マーチン・ベイカー社の射出座席は搭載するジェット機の性能向上とともにモデルチェンジを重ね、それに合わせて末尾のナンバーも増えていきました。最初の「Mk.1」は1950年代に生産された「キャンベラ」爆撃機や、ホーカー「ハンター」戦闘機に装備されましたが、2023年現在、最新の戦闘機であるF-35「ライトニングII」には「Mk.16」が、そして2022年に初飛行したばかりの韓国戦闘機KF-21「ポラメ」には、より新しい「Mk.18」が各々搭載されています。

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ネガティブイメージある航空機事故、マ社の見解は?

 マーチン・ベイカー社によれば、同社の製品を装備した航空機は84か国で54種類にもなり、総計で1万7000以上の射出座席が使われているそうです。

 これだけ多くの機体に搭載されると、戦闘機を含む軍用機の事故が起きた際には、必然的に同社の製品が関わることが多くなります。マーチン・ベイカー社ではTwitter(ツイッター)などの公式SNSを運営していますが、そこでは軍用機事故などで同社の射出座席が使われると、その詳細が日時・場所・事故機とともに速報的に投稿されます。

 なお、オーストラリアで開催された国際エアショー「アバロン 2023」の出展ブースでは、その実績として同国空軍でマーチン・ベイカー社の射出座席で生還したパイロットの名前が一覧で掲示されていました。同様の展示は日本で開催された防衛展示会「DSEI Japan 2023」でも行われており、航空自衛隊のF-4「ファントムII」に搭載されたMk.7(H7AF)で生還したパイロット20名の名前を見ることができました。

 一般的に航空機事故に関する報道はネガティブなイメージが強く、同社のこれらの投稿や告知は、たとえ事故の時に使われる射出座席あっても、多少の違和感を覚える人が多いかもしれません。筆者はオーストラリアでの「アバロン 2023」において、マーチン・ベイカー社の出展ブースを訪れた際、そこにいた同社スタッフにSNS投稿をし続ける理由について聞きました。

 するとスタッフは次のように即答してくれました。「(我々の製品が)パイロットの命を救ったから」だと。