文句なくカッコよくて、チョロQも買ったバラスポCR-X

ホンダコレクションホールに展示されている、バラードスポーツCR-X前期型1.5i…うーんセミリトラクタブルヘッドライトがタマラン

40年前の1983年、初代ホンダ CR-Xたる「バラードスポーツCR-X」(バラスポ)発売時、筆者は9歳の小学3年生でしたが、スパッと切り落とされたカムテールのシャープな印象、スーパーカー的なセミリトラクタブルライトのデザインがカッコよくてシビれましたね!

チューニング漫画「よろしくメカドック」ではターボ化(※)してエンジンもミッドシップ配置にしたCR-Xミッドがゼロヨンで大活躍しましたし。

(※当時まだDOHCのZCエンジンはなかった)

当時最初のブーム末期だったプルバックミニカー、チョロQのゼンマイ2個積める豪華仕様にもバラスポがあって速攻買いましたし、「ボク大きくなったらCR-Xに乗るんだ!」って思ってたのが、なんで気がついたらダイハツマニアになってたんでしょう?

大人になった頃はバラスポはもうほとんど走っておらず、ジムカーナで長らく活躍しているのも2代目(サイバースポーツCR-X)ですから、すっかり見なくなっちゃいました。

今回はホンダコレクションホール展示車の画像を眺めつつ、当時の感動を思い出してみましょう。

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3代目シビックと同時期に開発スタートの超低燃費車「50M」

後期だと妙にスポーツじみてヘッドライトは固定、ツートンカラーも廃止で味気なく、スタイリングは前期がもうサイコー!

軽くて空気抵抗も少なければ、少ないエンジンパワーでも走れるので燃費が良くなり、加速も最高速度も上がって、コーナリングもヒラヒラと軽快に走れるので、スポーツカーとしても素性のいいクルマになります。

その日本における元祖が「ヨタハチ」ことトヨタスポーツ800(1965年)で、近年だとダイハツ エッセ(2005年)や先代スズキ アルト(HA36系・2014年)が燃費も良くてこっぱやい軽自動車として、「660選手権」などレースでも人気です。

ホンダが3代目シビックと同時に開発をスタートさせ、後にバラードスポーツCR-Xとなる開発コード「50M」もそんなクルマで、北米市場の要望に応じた超低燃費車として作り、見事に目標の燃費を達成して発売したら、意に反して人気のスポーツカーとなりました。

そもそもは1980年ころ、一般道と高速道路の平均燃費が50マイル/ガロン(日本流で換算するなら21.3km/L)以上の超燃費車が北米から要望され、2+2シーターで極力コンパクトな寸法に収め軽量化、空力性能もCd値0.30以下を目指す小型車の開発がスタート。

この空力性能の達成手法の違いによって、日米デザインスタジオのスタイルは大きく異なり、ADRは自家用ジェット機をイメージしたエアロデザイン、HRAは後方へスロープしたロングルーフスタイルを創出。

岩倉信弥「千子薬 第98話 50M -ゴーマルエム」

このうちHRA(ホンダ米国研究所)案は3代目「ワンダーシビック」3ドアへ発展し、ADR(日本のアドバンスド・デザイン・ルーム)案がバラードスポーツCR-Xとなりました。

3代目シビックのために突き詰められたM・M思想(マン・マキシマム、メカ・ミニマム)によって、極限化したスペースへエンジンなど駆動系を収め、コンパクトな軽量車体へ仕上げる技術があったため、バラードスポーツCR-Xも目論見通りの超低燃費を達成。

発売時の10モード燃費は1.3L車で20.0km/Lをマークし、2人のための経済的なデートカー、「デュエットクルーザー」というキャッチコピーで売り出し、シビックCR-Xとして発売された北米仕様にはさらに超低燃費仕様も存在して、見事低燃費NO.1になりました。

しかしウケたのは初期型でも110馬力の1.5リッター車「1.5i」、後に135馬力(いずれもグロス値)のDOHCエンジンZCを積む「Si」グレード。

何故かアメリカでは、超低燃費車と言うより「小さなスポーツカー」として若者の人気を集めた。ポルシェ博士のつくった「356」のごとくにである。

岩倉信弥「千子薬 第100話 役割明快」

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