■私語厳禁を貫く店内を包む、音響の素晴らしさ

座席は全てスピーカーに向けられている。ひとり席が多い。ほの暗い照明、清潔に手入れされて歳月を経た調度、目に優しい緑……。

そして、空間を音が満たす。なんてふくよかな音だろう。ベートーヴェンやバッハ、誰もが知っている曲でも、目の覚めるような響きで胸に染みこむ。“音楽”そのものの純粋さに直撃される思いだ。


レコードやアンプ、プレーヤーが並ぶオーディオ機械室はガラス越しに見える。演奏中と次の演奏の盤は、ジャケットと手書きのホワイトボードで表示する。

「主人が造った真空管アンプの特性ではないかしらね」と、店主の中村幸子さんは言う。

「バロック」は、クラシック好きでアンプも自作していた夫の中村数一さんが30代で開いた店だ。その名の通りバロックから古典派のレコードが中心である。鑑賞に集中するよう私語厳禁。リクエストした曲の演奏中に読書などすれば叱られ、恐い店とも言われたそうだ。



客が書き込む自由帳は今や109冊。置いていない曲の要望があれば探すことも。



音の柔らかさを支える手製の真空管アンプ。



数一さんは曲によってピックアップも変えていたという。

数一さんが平成3年(1991)に亡くなると閉店も考えた幸子さんだったが、この素晴らしい音響システムを惜しむ常連たちの声に推されて引き継いだ。

「知識豊富なお客さまに教わりながら続けてきたんですよ」

LPは約6000枚。数一さんが仲間と共にSPから起こしたものもある。またビクターの古い蓄音機でSPを聴く会も不定期に開催する(コロナ禍で現在は休止)。



1927年頃製造の英国製蓄音機HMV194。長年の故障を修理した。


SPから起こしたカザルス・トリオによるベートーヴェン。

5台のアンプは音質によって使い分け、2セットのスピーカーも、
「古い時代の曲やソロ演奏はTANNOY、大編成のものなどはVITAVOXで流します」

スピーカーが切り替わると、音のふくらみやキレが確かに違う。CDで育った世代が音飛びやノイズをとがめる時もあると言う。

「主人は家で聴くなら場所を取らないCDもいいが、そこに音楽は入っていないと。古いレコードはノイズやミスがあっても、心が歌っているように感じます」

今も会話はNG。スマホ画面がほかの客の目に入る場合も注意する。しかし、これだけの音に包まれながら会話やスマホいじりなど考えられようか。ここではただただ、音楽の喜びに浸っていたい。


NASA使用の浄水器の水を使いサイフォンで淹れる珈琲が美味しい。オレンジジュースは生のオレンジから絞って作る。


珈琲はレコード鑑賞料を含み800円だが、2杯目からは200円。

■店主とっておきの一枚

エルマン愛奏曲集
ミッシャ・エルマン
レーベル/RCA

甘い音色で知られたエルマンのヴァイオリンによるSP盤からの復刻。『タイスの瞑想曲』『セレナード』などを収録。「心に沁みます」と幸子さん。

■音響機材

レコードプレーヤー:Technics SP10、Garrard 401
アンプ:オリジナル
スピーカー:VITAVOX CN191、TANNOY MonitorGold
蓄音機:Victor HMV194

BAROQUE
昭和49年(1974)創業
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-31-3 みそのビル2F
TEL:0422-21-3001
営業時間:12:00~22:00
定休日:火・水・木曜
席数:テーブル26席
アクセス:JR「吉祥寺駅」より徒歩約3分

文/秋川ゆか 撮影/遠藤 純

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