空戦が一変! 60年前の緊迫「第2次台湾海峡危機」で米国が台湾に与えた“切り札”とその影響

繰り返された台湾危機とミサイル万能論の終焉

 その後も台湾に対する中国の武力行使は続きます。1960(昭和35)年6月にはアイゼンハワー米大統領(当時)の台湾訪問に合わせ、金門島へ10万発以上の砲弾が大陸側から撃ち込まれ、台湾軍と民間人に犠牲者が出ています。一方、台湾海峡上空の空中戦も、1964(昭和39)年まで小競り合いのような状況が続きました。

 やがて1972(昭和47)年の米中国交正常化を契機に、危機はいったん収まります。しかしそれで両国の軍事的緊張関係が終息したわけではなく、初の直接住民選挙となった1996(平成8)年の台湾総統選において、民主化と独立を掲げる李登輝が優勢になると、中国は再び台湾周辺で軍事演習とミサイル試射を行っています。

 そして今年(2022年)8月、アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問に呼応して、再び中国の威嚇行動が繰り返されたのは記憶に新しいところです。

 振り返ってみると、第2次台湾海峡危機で空対空ミサイル「サイドワインダー」が威力を発揮したことから、アメリカでは今後の空中戦はミサイルで決まるとする「ミサイル万能論」が広まりました。これは、F-104「スターファイター」のような超音速ジェット戦闘機では機関砲を使った空中戦は起こらないという考えです。しかし、この理論はベトナム戦争でミサイルが尽きたアメリカ軍機が、敵(北ベトナム)のMiG-17やMiG-21と格闘になり苦戦したことから、実戦での有効性が失われ、再び固有武装として機関砲やバルカン砲を搭載するようになりました。

 ある兵器が絶大な効果を上げると、第2次世界大戦の戦艦やウクライナ戦争における戦車のように、従来の兵器は無用、という声が上がります。しかし戦いの変化に応じられるように、新旧含めた多彩な兵器を役割に合わせて効果的に使うことが重要なのではないでしょうか。