
ロシアによるウクライナ侵攻は、高価な「タマ」を撃ち合う現代戦であり、そして長期に及ぶにつれ、支援国を含むいずれの陣営にも「タマ切れ」問題が浮上してきました。戦いの様相は先祖がえりしていくのでしょうか。
「高価なタマ」は長期戦に不向き?
「たまに撃つ 弾が無いのが 玉に瑕」とは、自衛隊の弾薬備蓄量の少なさを揶揄した川柳として知られるものです。しかしロシアによるウクライナ侵攻が続くなか、現代戦に必須の「ジャベリン」に代表されるような強力高性能で高価な「弾」の備蓄量の問題は、川柳でボヤくような話ではなくなってきています。
元アメリカ欧州軍(EUCOM)のベン・ホッジス退役中将は、スタンフォード大学フーバー研究所の国家安全保障フェローとのオンラインインタビューに際して、ウクライナ軍の資材消費の早さを指摘し、「ウクライナ紛争における弾薬の消費量は天井知らずだ。ウクライナに供給された兵器が在庫不足になる日が近い」と述べています。
西側各国はウクライナに対し、対戦車ミサイルをはじめとする兵器、弾薬や資材を供給していますが、ウクライナ政府は不足を訴えています。一方アメリカでは議会議員や国防総省の高官の中から「ジャベリン」や「スティンガー」といった精密誘導兵器をウクライナに支援供給する分だけなく、そもそも自国の「内需分」を賄えるのか懸念する声が上がってきています。
兵器メーカーとしても、サプライチェーンは国内外の2次3次請けまで広がっており、急に増産はできません。COVID-19の影響もありますし、ニュースにもなっているように現代兵器には欠かせない半導体の不足は世界中に波及しています。
「ジャベリン」を生産しているレイセオン/ロッキードマーチンによると2022年現在、その年間生産数は約2100発、最大生産能力は6480発とのことです。そして大量生産すればコスト逓減できるという単純な話ではなく、1発当りのコストが一番下がるのは年産3960発だそうです。需要増に応じて生産数を約2倍の4000発まで引き上げることを目指しているそうですが、複雑なサプライチェーンマネジメントが必要で、増産体制ができるまでに最短でも数か月、最長で数年を要しそうだと明らかにしています。
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軍事企業にとっては「ビジネスチャンス」…ではないの?
アメリカの「ジャベリン」在庫数は明らかになっていませんが、米シンクタンクの戦略国際問題研究所は陸軍の予算書から、在庫は2万発から2万5000発と見積っています。その内7000発がウクライナに提供され、そして当然、アメリカ国内でも訓練で消費されています。戦争が長引くにつれウクライナでの消費量は増え続け、さらに提供しなければならないことも十分に予想され、在庫は減っていく一方になりそうです。
「ジャベリン」の米国2021年予算年度における調達価格はひと組59万3203ドル(約8008万円、2020年6月15日為替レート)、射出器を除くミサイル1発は17万5203ドル(約2360万円、同)となっています。メーカーはさぞ大儲けだろうと思うかもしれせん。「死の商人」なるものが存在し、儲けのため戦争を起こすという陰謀論はよくささやかれます。しかし残念ながら現在では経済規模的にも、軍需産業は儲かるビジネスではなくなっています。
軍需産業の利益率はハイテク、IT分野など他業種に比べても悪いので、積極的な設備投資は行われず、戦時大量生産体制など考えられてさえいないようです。レイセオン/ロッキードマーチンが「増産体制を整えるのに数年かかりそうだ」と述べていること自体、「ビジネスチャンス」を生かそうと本気になっていないことを示しているように見えます。
レイセオン・テクノロージーズの株価もロシアの侵攻開始当初こそ上げ、4月20日に最高値を付けますが、その後は下落を続け5月20日には侵攻前水準に値を戻し、乱高下を繰り返しています。NYダウの動きと比べても、同社の業績よりむしろ金利上昇などの金融市場動向に引っ張られているようです。現代では、「死の商人」が戦争で儲かるとは限らない証左だといえます。