雑誌『TRANSIT』の元副編集長である池尾さん。現在は、京都在住のフリーランスとして活躍中です。これまで旅について考えてきた池尾さん(しかし、鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)が、本を通じて旅を見直します。

例えば、特殊な装置を身につけて正義の見方になったり、とあるきっかけで女子と男子が入れ替わってしまったり、はたまた虫のように小さくなってしまったり……。心はそのままに、身体だけ別のものになってしまうことを「変身」という。本書は、その「変身」のように、私たちを視覚障害者の世界へと導いてくれる。

著者は、美学を専門に、現代アートや身体に関わる研究を行う気鋭の学者。もともと生物学者を目指すほどに生物の構造や生態に興味があった彼女は、それら生物の身体に自分が「変身」する感覚を幼少時から楽しんでいたんだそう。その延長線上にあるのが彼女の身体論であり、本書なのだ。

本書では、視覚障害者の方々との会話やインタビューなどを通して、空間、感覚、運動、言葉、ユーモアといった切り口から、見えない人の世界をまざまざと浮かび上がらせる。彼らの世界は例えば、畳の目の向きを足裏で汲み取ったり、死角が存在しなかったり(そもそも視野がないので)、物事をステレオタイプにとらわれずに概念的にイメージしたり、また点字は手で“触れる”のではなく“読む”に近い、といったことなど。これまで視覚障害者の方との接点がほとんどなかった私にとっては、全てが驚きのオンパレード。

彼らは視界を補うために、暗記力や平衡感覚、足裏の感覚などに自然と長けていることも多いのだとか。その最たる例が障害者スポーツだ。ブラインド・サーフィンやブラインド・サッカーが成立するのは、彼らが波やボールの動きを身体や音で判断できるからだ。暗闇で歩くことすら難しい健常者にとっては、こうしたテクニックは離れ業にしか思えないのだけれど、ここで著者はそういった特別視に警鐘を鳴らす。一言で視覚障害者といっても、先天性の全盲と中途失明の場合では感覚も違うし、彼らの性格はもちろん、五感の使い方も十人十色なのだという。本書が素晴らしいのは、そういった健常者と視覚障害者の間に散らばる“思いこみの種”を丁寧に取り除きながら進んでいく点にあると思う。やわらかい文体も読みやすく、難しい話題にも関わらずページが軽やかに進んでいく。

「見える」が優れていて、「見えない」が劣っているのではないし、「見える」が健全で、「見えない」が助けるべきものというわけでもない。本書では、両者はあくまでフラットな関係。読者は「変身」するように、両者の間を何度も行き来する。

見える人の世界ってどんな世界?

見えない人の世界ってどんな世界?

そうやって健常者と障害者が気軽に話せて、発見を楽しみ、気づきを得られる世界こそが豊かな世界なのだと気づかせてくれる。福祉とは…障害者とは…と悩んでいる人には、その指標にもなってくれる一冊だ。

(書名)
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
伊藤亜紗・著
ちくま文庫

TEXT / 池尾優(編集者)
この記事は、日常・非日常問わず、暮らしが豊かになるようなアイデアを提案するメディア『日非日非日日(にちひにちひにちにち)』からの転載となります。