レーシングドライバーからチューニングショップやパーツメーカー、レーシングスクールなどの社長になった人は多くいます。また、レーサーから転身して車以外の分野で成功を収めた人もいます。

しかし、レーサーから自動車メーカーを設立した人物となるとそうはいません。レーサーがつくった自動車メーカーについて調べてみました。

最高峰のショーファードリブン・ロールスロイス

©pixarno/stock.adobe.com

高級車の代名詞ともいえるロールスロイスの生みの親は、レーシングドライバーのチャールズ・スチュアート・ロールズと、電気技術者のフレデリック・ヘンリー・ロイスの2名。ロイスがつくった車を、偶然テストドライブをすることになったのが二人の出会いでした。

二人は1904年にロールスロイスを設立し、その後もロールズ自らがドライバーとしてレースに参戦。マン島TTレースでの優勝をはじめとして、数々のレースで好成績を収め、ロールスロイスは一躍有名になりました。

ロールス・ロイスのオーナメント「スピリット・オブ・エクスタシー」を盗めない理由

(広告の後にも続きます)

グループB時代のWRCを席巻したランチア

©Dmytro Surkov/stock.adobe.com

WRC(世界ラリー選手権)で輝かしい戦績を残したランチアの創設者は、イタリア人のヴィンチェンツォ・ランチアです。

裕福な家系で育ったヴィンチェンツォは、フィアットの契約ドライバーからレーシングドライバーになったものの、より自由な車づくりを求めて1906年にランチアを設立しました。

ランチアはモノコックフレーム、独立サスペンション、5速MTなどを世界で初めて採用したメーカーです。ヴィンチェンツォ亡き後は息子が引き継ぐも、採算を度外視した車づくりで1955年に倒産。

1969年にフィアット傘下に収まり、現在はフィアットがプジョーシトロエングループと経営統合したため、ランチアのブランド名だけがほそぼそと存続しているのみです。

インプやランエボ以外にスカイラインも?WRCラリーに出場した意外な国産車たち【推し車】