モデルチェンジを重ねつつ、同じ名前で延々と歴史を重ねる車もあれば、様々な事情で短命に終わり、車名どころかコンセプトも葬り去られて後継もない車さえある自動車業界。中には「長い歴史を誇っていたが、ついに最後を迎えた車」があります。

特に、業績悪化や時代の変化によって、大幅な車種整理を強いられたメーカーにはありがち。典型的な例である三菱は2回に分けての紹介で、今回はその2回目です。

所有しているだけでモテた?三菱自動車の黄金時代を築いた名車たち…その1【推し車】

デボネア(1964-1999年・35年)

初代は走るシーラカンスと言われたが、車名としては意外にも長くない

3代目デボネア
最後はむしろ韓国3代目デボネアでヒュンダイ グレンジャー(2代目)としての販売がメインになっていた。

1964年発売当時のデザインで1980年代まで売り続け、「走るシーラカンス」と呼ばれた初代。

米クライスラーとの協業で大排気量V6エンジン開発に目処がつき、1986年にデビューするも、税制改革後の3ナンバー車ブームに5ナンバーボディで対応できず、販売不振だった2代目デボネアV。

しかし、デボネアVの韓国ヒュンダイ(現在はヒョンデ)版、グレンジャーの好調で1992年には早々にモデルチェンジしたのが最後の3代目。ヒュンダイ車としてのカラーが強く、ますます販売不振となって、1999年にプラウディア/ディグニティを後継に消滅。

走るシーラカンスも2代目以降は短命で、車名の歴史も案外短いのでした。

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ギャラン(1969-2015年・36年)

最後はランサーをギャランフォルティスの名で売っていた

ギャランフォルティス ラリーアート

「モデルチェンジで改名してイメージチェンジ」という手法に熱心でないのが三菱の特徴。それまでデザインが凡庸、評価も今ひとつな三菱の乗用車で初の成功作でした。

ギャランΣ(シグマ)とサブネームがついたり外れたり、名車ギャランVR-4もありましたが、セダン需要低迷や三菱自動車のスキャンダルもあって販売不振に陥り、2005年に一旦廃止。

わずか2年後の2007年にギャランフォルティスの名で復活。実態はサイズアップで日本だとギャラン相当の車格になる海外仕様ランサーでしたが、最終型として2015年まで販売しました。

海外で継続しているランサーと異なり、ギャランが復活することはなさそうです。