金沢きっての観光地・ひがし茶屋街にあるお茶屋体験処

ひがし茶屋街は文政3年(1820)に、12代藩主・前田斉広(なりなが)が開設した茶屋街。江戸時代後期~明治初期の茶屋建築が90軒以上残ることから、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。写真はメインストリートの二番丁通りで、趣きのある2階建ての建物が立ち並んでいます。景観保護のため、看板は小さいですが、そのほとんどが飲食店かみやげもの店で、本来のお茶屋さんは数軒のみだそう。

「雀」は二番丁通りから1本南の路地に立っています。華やかな弁柄色で細かい格子戸の、典型的な茶屋建築。外からは中の様子が見えないので、入る前は少しドキドキします。

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60年以上の踊りの経歴をもつふみさんは、お話も上手です

素敵な着物姿のふみさんが出迎えてくださいました。ご挨拶の後、まずはカウンター座敷で、ふみさんお手製の春菊の和え物と地酒をいただきながら、お話を伺います(飲めない方はふみさんにお酌します)。

ふみさんは4歳からひがし茶屋街で育ち、芸妓さんの踊りを間近で見るうち、5歳の時に日本舞踊を習い始めました。手ほどきを受けたのは、上品な踊りで「ひがしの名手」といわれた若柳吉童(わかやぎきちどう)氏。その後、若柳吉千賀(きちちが)氏に師事し、昭和55年(1980)若柳流名取に。

「踊れるうちに、ひがしのお座敷の匂いをお伝えしたい。とっちりと(じっくり)お話できる場に」と52歳の時に「雀」を立ち上げました。60年以上踊り続け、今日に至っています。

「子どもころのひがし茶屋街は、今と違ってお茶屋ばかりでした。朝は魚屋や八百屋、きせるの掃除屋さんなどの『どやけー』という御用聞きや、お掃除する女中さんの方言が飛び交い、大にぎわいだったんですよ」。ふみさんの言葉から昔の茶屋街の生き生きとしたさまが思い浮かびます。

実は最初にお酒を少し飲んでお話するのは、リラックスした状態で踊りを見てほしい、との思いから。ふみさんのにこやかな笑顔で、緊張はすっかりほぐれました。

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提供元:るるぶ&more.