自動車のフロントマスクは、文字どおりその車の「顔」であり、見る人からの印象を大きく左右します。デザイン面はもちろんのこと、ステータス性を高めることに一役買っているのがメーカーや車種を表す「エンブレム」でしょう。
たとえばメルセデス・ベンツの「スリーポインテッドスター」をはじめ、高級車メーカーのエンブレムは一種の「ブランドロゴ」として憧れの対象にもなっています。
なかでも堂々とした印象を与えるのが、ボンネットの先端に備え付けられた「立体エンブレム」です。動物や人物の彫像や幾何学的な形状のアイコンなどさまざまですが、車体の先端に鎮座する立体エンブレムは一種の宝飾品を思わせ、高級車の代名詞として認知されてきました。

かつては高級輸入車だけでなく、日本車にも採用されていた立体エンブレム。しかし近年では、これを採用する車種は減少傾向にあり、街中で目にする機会も少なくなっています。
高級車の象徴だった立体エンブレムは、一体なぜ姿を消しつつあるのでしょうか。
立体エンブレムはどう生まれ、なぜ消えたのか

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立体エンブレムの歴史は古く、アメリカ合衆国で個人用ガソリン自動車の大量生産が始まった1910年前後のモデルにも、すでに車体の先端に屹立するエンブレムを確認することができます。
このような立体エンブレムはもともと、ラジエーター(冷却装置)の圧を適性に保つための「ラジエーターキャップ」を隠す装飾品として採用されていました。
当時の自動車はラジエーターがボンネットの外部に設置されており、それに栓をするキャップも目立ってしまうため、これに意匠を凝らすことで、ブランドとしての差別化が図られたのです。
ラジエーターがボンネットの内部に収納されるようになってからも立体エンブレムは一種のブランドアイコンとしての意義を確立し、車体の先端に残り続けました。

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1940年代から50年代にかけて立体エンブレムのサイズは肥大化し、メーカーのブランディング競争の一翼を担いました。
法規制が進むことで衰退傾向に
このような状況が変化したのは、1970年の前後からです。歩行者との衝突時、突起部が身体にダメージを与えるリスクが考慮され、欧米では立体エンブレムに対する規制が始まります。
たとえば1974年には欧州経済共同体(EEC)において、「10 daN(約10kgf)の力がかかった際に折れ曲がるか脱落する構造」を安全基準として設ける案がとりまとめられています。
こうした動向を通じて、立体エンブレムのサイズは縮小傾向に転じ、機構としてもスプリング構造などによって折れ曲がる形が採用されるようになっています。

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さらに2005年、欧州連合(EU)において歩行者保護をめぐる安全基準が厳格化されたことを受け、ジャガーなどのメーカーは立体エンブレムの廃止に動きました。
この流れは国際的な動向であり、日本においても道路運送車両法の外装に関する保安基準が改訂されました。これにより、2009年1月以降に製造された自動車の装飾部品においては「10daNの力を加えた場合に、格納する、脱落する又はたわむ」構造が必須とされました。
それまで、日産 シーマやセドリック/グロリアなど、高級車を中心に立体エンブレムが装着される車種やグレードもありましたが、規制への対応から搭載例が見られなくなっていきます。
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現在でも立体エンブレムを採用する車種は?
国際的に厳格化される歩行者保護の規制を受け、跳躍するジャガーを模したエンブレム「リーピングジャガー」をはじめ、多くの立体エンブレムが姿を消しました。
これまで立体エンブレムの代名詞でもあったメルセデス・ベンツの「スリーポインテッドスター」もグリル内に収められるようになり、現行ラインナップのなかで立体型のものが標準装備されている車種は「Sクラス」および「メルセデスマイバッハ」ブランドの車種のみとなっています。

こうした流れに抵抗し続けているのが、ロールスロイスのシンボル「スピリット・オブ・エクスタシー」です。翼の生えた女性を模した彫像は「フライング・レディ」とも呼ばれ、1910年代からロールスロイスの象徴として車体の先端を飾り続けています。
2003年に発売された先代の「ファントム」からは、規制への対応や、盗難防止の観点から、「触れた瞬間に像がボンネット内に格納される」という驚きの機構が採用されています。
同モデルのデザインを担当したMark Djordjevic氏は「ロールスロイスのオーナーにとって、後席の両側からオーナメントがはっきりと見えることが重要なポイントであると調査は示している」として、ステータス性の高い立体エンブレムを求めるニーズに応える必要性を述べています。
ロールスロイスのオーナメント「スピリット・オブ・エクスタシー」を盗めない理由
オーナーからの反応は?
立体エンブレムが伝統的なモデルからも姿を消していることに対して、オーナーの方はどのように受け止めているのでしょうか。
メルセデス・ベンツを扱うディーラーのスタッフに話を聞いたところ、「長年メルセデスを乗り継いできたお客様のなかには、ボンネット上のオーナメントがなくなったことを残念に思われる方もおられます」と、ブランドの象徴であった立体エンブレムを惜しむ声もあるようです。
一方で「オーナメントがなくなったことを理由に、購入を差し控える方は自分の知る限りではおらず、むしろお気になさらないお客様の方が多い印象です」という話もあり、立体エンブレムがなくなった後も、ブランドや車両の価値そのもののイメージは揺らいでいないことが見受けられます。
絶滅の危機に瀕する立体エンブレム。オーナーの思いもさまざまですが、旧来のモデルが街から消えていくとともに、目にする機会も減っていくと考えられます。もしかしたらそう遠くないうちに「見かけたらラッキー」と思えるレアアイテムとなっていても不思議ではなさそうです。
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