登山靴ならココとの呼び声高い大阪天王寺の老舗ショップ「ヨシミスポーツ」。シューフィッターのいる登山用品店として、関西の山歩き愛好家から親しまれています。

店頭に掲げられた「いたい靴の巾(はば)広げます」のサインからも分かる通り、特注チューンナップマシンでの登山靴の幅広げサービスはこの店の名物です。

靴選びのポイントやこだわり、そして山との付き合い方を、シューフィッターであり「ヨシミスポーツ」店主の吉見英樹さんに伺いました。

時代と自然と共に歩む。ヨシミスポーツの軌跡

天王寺駅から歩くことおよそ10分。天王寺バイパスがあべのハルカスに向かって傾斜角度を上げる側道に、ヨシミスポーツは軒を構えます。どこか懐かしく温かみのある「山とスキーのヨシミ」の看板。創業以来70年を超える年月を重ねてきたヨシミスポーツの歴史を嗅ぐわせます。


ヨシミスポーツWebサイトには写真付きの道案内を掲載。道が合っているのか確認しながら進めて安心だ。

「遠い分だけ店内は空いています。だからゆっくり相談ができますよ」。そう気さくに話す吉見さんは、ヨシミスポーツの二代目店主。戦後間もない1948年に店を創設した父からバトンを受け継ぎました。

「先代の吉見巌は大阪市役所収入役を退職して、昭和23年7月に吉見運動具店を設立しました。今で言う脱サラです。当時の役所の給料は現代とは全く違います。父に結婚の話が出たタイミングで、祖父から“市役所では飯食われへんやろ。何か始めろ”と勧められたこともあって独立。野外用品店を始めました」。


店主の吉見さんは「一般社団法人 足と靴と健康協議会」認定のシューフィッターでもある。

「戦後すぐはレジャーらしきものが飯盒炊爨しかなく、進駐軍の闇流れ品を売り出したのがスタートです。缶詰などの食料やら携帯燃料、寝袋、飯盒……今で言うたらキャンプ用品ですよね」と時代背景も踏まえながら、吉見さんは店が歩んできた道のりを語ります。

「野球用品を扱ったり、学校納品業を行ったりしている内に、戦後復興で余暇を楽しむ時勢が訪れました。登山用品を扱うようになったのもその頃からです。そして東京オリンピックからの好景気でレジャー志向が強くなったのを機に、スキーを中心にした商売に転換。スキーが一大レジャーだったという理由もありますが、実のところ単純に父親がスキーが好きやったんやと思います」。

そう言って笑顔をこぼす吉見さん。実はヨシミスポーツが現在登山用品を主軸にしているのも、現店主・吉見さんの意向が大きく関係しているのだと明かします。


靴以外にもザックやテント、ウェアなど幅広い登山用品が揃う。昭和の面影残る螺旋階段は吉見さんのお気に入り。

「山登り志向の高まりと共に、登山を中心にした商売になっています。でも結局、僕が好きなんです。うちには岩登りの商品は置いていません。僕はどちらかと言うと、自然の中を歩くのが好きで。お客さんもやっぱり似た人が集まりますね」。


レトロな螺旋回廊には、吉見さんのおすすめスポットが写真やマップと共に紹介されている。

山と対峙し技巧を競うというより、山に寄り添い自然に身を委ねるというのが吉見さんの姿勢。低い標高でも絶景を見渡せる島の山、幼少期にゴジラで見て憧れた熱帯雨林、自然の息吹に圧倒される火山……大自然を肌で感じ、心が晴れる快感が吉見さんを山へ向かわせてきました。


「生きている感じがするんですよ」と火山の魅力を話す吉見さん。インドネシアは特に印象に残っているのだそう。

店はそこで働く人と集う客を映し出す鏡。吉見さんのこうした山への向き合い方は、店づくりにも反映されています。

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シューフィッティングにこだわるワケ

山歩きの数あるギアの中から靴に着目した理由は、靴選びの難しさにありました。

「メーカーによっても、モデルによっても、靴の足型は異なります。同じ24cmでも実際に履いたサイズ感は全く違うんです。例えば、ドイツを代表する登山靴メーカーのローバーとイタリアで有名なスカルパを比べてみましょう。本格的な縦走登山靴ではローバーの方がラスト(木型)が広いのに対し、軽登山靴ではスカルパの方がラストが広くなっています。よく巷で言われる“イタリアはラストが細く、ドイツは広い”というフレーズは当てはまりません。先入観を無くして、まずは触って履いてみるのが大切です。その結果、細いと思って敬遠していたスカルパが合うかもしれません」。

長さだけで簡単に決められるほど、足は簡単な構造ではありません。幅や高さ、形が人それぞれ異なるだけでなく、左右でも差が生じます。立体的な足を正確に計測するだけでも至難の技。さらには、歩行という動作や靴自体の特徴も考慮しなければなりません。


「フィット感が違う」と登山靴専門メーカーにこだわった品揃え。履いて歩いて確かめられる試着スペースも。

「一方で、たわみやねじれがあろうとも自然の中では一歩一歩、その靴で歩かなあかんから。合っていない靴での登山はしんどいですよ。足に正しく合った靴選びは、通販だけでは分からんし、専門的な知識がないと難しい分野だと思います」。その課題意識がシューフィッターの技能を習得する動機になりました。

足の基本構造と歩き方・靴の製法・構造・材料・サイズなど、靴選びには実に幅広い見識が求められます。しかし、実はそれ以上に大切なのが「自分に合った山歩きとは何なのかを考えること」なのだと吉見さんは語ります。

「自分の足型を合わせる前に、まずは登山スタイル。岩稜帯を目的に登るのか、穏やかな尾根を散策するのかで、適した靴は全く違います。見た目や耳触りの良い情報だけに踊らされるのではなく、自分の好きな山歩きスタイルに合った靴を選んで欲しいですね」。


つま先の隙間が少ない硬い岩登り向きの靴で足を痛めるケースは最近多いのだと吉見さんは嘆く。

ファッション性やトレンドを重視した靴で足を痛めた人や、店員に勧められた不要な中敷きで靴ズレを起こした人など、吉見さんは靴のトラブルを抱えてこの店を訪れる人を数多く見てきました。

「中敷きトラブルは特に多くて、電話で相談がきたらその段階でまず確認しますね。“元の中敷きに戻してください”と伝えると解決することがほとんどです。すると一銭も儲かりませんから、本当は来店してもらって何か商品やサービスを勧めた方が商売上手なんでしょうけど(笑)。あとは、登山が目的なのにカチコチの岩用の靴を買ってしまったケースもよく相談を受けます。岩稜帯を歩く目的で作られている靴は指部分のスペースが少なく窮屈で、通常の山道を歩いたらめちゃめちゃ苦しいんです」。

こうして寄せられるあらゆる靴のお悩み解決に取り組んできた吉見さんが築き上げたのが、特注チューンナップマシンによる幅広げサービスでした。