芸術の秋真っ只中の今日。日本各地で様々な芸術イベントが開催されているが、今回は札幌芸術の森美術館で開催されている「札幌美術展 佐藤武」にフォーカスしよう。

竹内栖鳳・下村観山・川合玉堂など、日本画家の著名人は過去にたくさん輩出されているが、日本の芸術家はあまり世界的に取り上げられることがない。ダヴィンチやピカソ、モネといった海外の画家があまりにも有名で、話題となるのもやはり海外の著名な画家の作品ばかりだ。

しかし、「乳白色の肌」で有名なレオナール・フジタ(藤田嗣治)や、長野冬季オリンピックの公式ポスターを描いた絹谷幸二など、日本にも素晴らしい作品を描く芸術家はたくさんいる。現在、札幌芸術の森美術館では、来春にかけて佐藤武の作品展が行われているが、彼もその素晴らしい芸術家の一人である。

日本人芸術家の最先端を触れに、ぜひ足を運んでみてほしい。

●佐藤武とは?

佐藤武は、1947年に北海道の千歳市で生まれた。

11歳より独学で油彩絵を始め、1987年の「第5回上野の森美術館絵画大賞展」特別優秀賞、1988年の「イメージ・動―北海道の美術 ’88展」道立近代美術館賞、2002年の「第11回青木繁記念大賞公募展」優秀賞などを受賞し、常に高い評価を得ている。近著は、2020年の第23回日本自費出版文化賞・詩歌部門賞、そして2009年には紺綬褒章受章を受賞した。

佐藤武の魅力と言えば、「静寂の都市」と呼ばれる作風だ。これは、インド西部の城塞都市ジャイプルを訪れた際に触れた天文台遺構が元となっている。以来、都市上空に浮遊する建造物や石棺、光線により崩れゆく塔など、無機質なモチーフを取り入れて独自の世界観を表現している。

以下、佐藤武の絵画に対する思いを公式サイトから抜粋した。

「絵画は不可知の領域から映像として脳裡に生まれてくる。​殺伐とした情景、大陽は朧な大気の中に隠れ貌を出そうとしない。

灰色の大地に、朽ち果てた建造物、大地は大きく裂け、無表情な水は人を拒むように漂う。宙は鋭く、裂け、無限の宇宙を覗かせる。

凡ての音が消えた時、凡ての生命がこの大地から消える時だ。脳裡からの映像が叫びとなり、平面の画布に描きこまれてゆく。

 田畑を耕す様に、ひたすら描きこみ、やがて収穫を迎え、一刻の喜びに浸り、また耕す。耕しては収穫を喜び、また耕す。この仕事は、死するまで続く。

 宇宙の果てしない時間の長さ、その拡さは、私の想像を超えた次元のものである。

運が良くても、たかだか百年余りの吾が人生も老年期に入っている。日々老いゆく己の姿を観つつ、画布に向かい、一筆、一筆、描く作業は未知の死の領域を見つけようとする作業でもある。」

引用:「画家 佐藤 武」HPより

佐藤武は北海道の札幌市と石狩市を拠点に、現在も精力的に作品作りを続けている。

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●札幌美術展 佐藤武の見どころ

札幌芸術の森美術館で開催中の「札幌美術展 佐藤武」の見どころを紹介しよう。

佐藤武の作風は“音のない、荒廃的な世界観”で有名で、2007年に開催されていた「25年の軌跡」でも発表している「雨上がり」「予感」「悠久の大地」など、破壊と崩落で生み出される世界が見る者の心を捉える。そこにはどれも乾いた世界が広がっている。

しかし、今回出展されている作品で目を惹くのは、色鮮やかで装飾的な人物画や室内画だ。佐藤武のイメージからは少し意外な印象を受ける。これらは佐藤武の初期に輩出してきた作品で、どこか新鮮さを与えてくれる。

もちろん、佐藤武の代名詞とも言えるモノトーンで荒廃的で、どこか幻想的な作品の数々から、上空を切り裂く一筋の線を中心に展開する最新作まで、画家としての佐藤武の歴史を振り返れる内容になっている。

「札幌美術展 佐藤武」の作品は絵画のみにとどまらない。佐藤武が近年、意欲的に制作している立体作品や写真や詩を同時に展示することで、改めて佐藤武の芸術性を深く理解することができる。