博士は何かを突き出すと、 東京湾に轟く低いダミ声で言った。

カワハギひとり(←もはや人格化)の脳は、オレと同程度のちっちゃさだろう。

しかし、長きにわたって色んな経験を積んだちっちゃい脳がたくさん集まることで、カワハギワールドにはオレ以上の知恵が蓄えられているのではないか。

つまり相手は魚を超えた存在──怪盗カワハギ二十面相なのだ。

だとすれば、アサリをかすめ取るなどお茶の子さいさい、持ち物すべてを盗まれてもおかしくない。

スマホは大丈夫だよな?

サイフあったっけ?

カワハギ、怖ぇ・・・。

と、例によって波間に揺られつつくだらないことを考えていると、カカカン!という鋭いアタリがきた。

どうしたらいいのか分からないのでヌルーッと巻き合わせすると、カンカカンカンカン!とパワフルに引いてくる。

うひゃー、これ、カワハギでないの?

今回は、オレも蒼一郎も竿はシマノ・ステファーノ攻のHHHを使わせてもらっているが、その硬さのおかげでオートマチックにハリ掛かりしてくれたのだろう。

だが、巻き上げるのが怖い。

HHHはあくまでも硬く、魚の引きを吸収してくれる気配がない。

自らの竿さばきで、引きをいなさなければならないのだ。

「ならないのだ」なんてエラソーに言ってるが、そんなことできない。

ゆっくりとリールを巻くことだけを心がけた。極度の緊張感を突き破って上がってきたのは、見事と言わざるを得ないカワハギその人だった。

すげえ。

早くも怪盗カワハギ二十面相を釣ってしまった。

ミノカサゴか何かを釣っている蒼一郎より先に。

しかも、釣り方がよく分からなくなって底をズリズリとさせているうちに。

ああ、勝った・・・。

怪盗カワハギ二十面相に、高橋剛少年が勝ったのだ。

少年じゃねえよ。

バリバリ中年じゃねえかよ。

少年はどうした、少年は!?

蒼一郎少年は苦戦していた。

そして意外や、鈴木名人も苦戦していた。

寡黙な蒼一郎少年に対し、明るい鈴木名人は「ん~、おっかしいな~」「あれ~?」「あー、バレた!」と、心の声がダダ漏れである。

ふたりに共通していたのは、ハリへのこだわりだった。

蒼一郎の釣り座の前に据え付けられたマグネットには、交換用のハリがたくさんくっついている。

迫力のある眺めだった。

ハリの山は、常に鋭いハリを使ってどうにかカワハギを釣ろうとする釣り師の気迫そのものだ。

気、ということでいえば、オレは1枚釣ったことですっかり気が抜けていた。

そしてひとり気を吐いていたのは、そう、根岸博士である。

くわえタバコに斜め座りで釣りまくっている。

東京湾カワハギ不調との噂もなんのその、快刀乱麻八面六臂四捨五入の活躍ぶりで、博士はカワハギ二十面相をバッタバッタと釣り上げるのであります!

おや?

少年探偵シリーズだと二十面相が博士に化けてるんだっけ? 

アヤシイ。

やはり何かトリックが隠されている・・・。

博士がノソノソとオレたち親子に向かってきた。

怖い。

そして何かを突き出すと、東京湾に轟く低いダミ声で言った。

「これ、使ってみ?」

博士の手には、がまかつ・競技カワハギAT3.5号が握り締められていた。

「あ、はい・・・」

ふだんは自分のスタイルを押しとおしがちな蒼一郎だが、根岸博士のアヤシイ迫力に気圧されたのか、いそいそとハリを交換した。

ななな、なんだ?こっちにくるぞ・なんかしたっけ?違う!釣ってないからか?

あれ?カワハギじゃん!といった感じでヒョイッと釣り上げた

根岸博士は1流し目から連発、誘いを変え、ハリを替え、失速することなく釣り続けた

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15枚を釣り上げた博士の頭は、 すでにラーメンドンブリ化していた。

ハリ交換以降、左舷ミヨシの蒼一郎は明らかにペースを上げ、終わってみれば5枚のカワハギ二十面相を逮捕、じゃない、釣った。

自己新記録だ。

「ハリ掛かりも、HHHの竿もよかった。アタリが明確で分かりやすかったよ」と、蒼一郎は真剣な表情のまま言った。

その隣のオレは、序盤に3枚釣り、それで終了した。

カワハギ釣りは、マメさが命だ。

アサリをマメに替え、ハリをマメに換え、誘い方をマメに変えなければ釣れない。

オレは3枚で満足だったが、無精さが露呈した結果とも言えた。

オレの隣の鈴木名人は、「クワ~ッ、またバレた!」「うーん、これで食わないかあ」と常時心の声ダダ漏れながら、最終的には7枚。

手を変え品を変えのマメさ、さすがである。

そして右舷トモの根岸博士は、15枚を釣って竿頭だった。

港に戻る船中、「どこのラーメン食うか」と、すでに頭はドンブリ化していた。

つくづくアヤシイ博士だが、我われ親子にハリをすすめてくれたことからも分かるように、やはりカワハギに対して真摯だった。

トリックはどこにもなく、ただマメだった。

自動ハリス止めによる簡単なハリ交換すら怠ったオレなど、完全にカワハギ師失格だが、船に揺られて心地よい潮風に当たっているだけでもシアワセなんだから、仕方ないよ・・・。

なんて言っている場合じゃなかった。

港に着くや、早川元樹船長が「いや~、渋かったねえ。もっと釣ってほしかったんだけど」と悔しそうだったのだ。

とんでもないです! 

マメにポイントを変える船長のリズミカルな操船は、釣っていてとても気持ちがよかった。

博士=アヤシイ+マメ。

名人=ヤサシイ+マメ。

船長=クヤシイ+マメ。

蒼一郎=シンケン+マメ。

みんな怪盗カワハギ二十面相にマメさで勝負していたのだ。

3枚で気を抜いてしまったオレ=おマメでおミソ。

ああ。

難しいよな~と言いつつ、キッチリ釣る鈴木名人