Plastic Treeが辿り着いた遠い国
Plastic Treeが辿り着いた遠い国
2018年3月発表のアルバム「doorAdore」の最初の1曲「遠国」。しずかな鼓動のようなイントロと、色気のある演奏、吐息のような有村竜太郎(Vo)の歌声が特徴的な曲だ。
MVではアーティスト写真と同じ真っ黒な衣装を着て砂丘で歌うメンバーが映し出されている。

メインのアーティスト写真では真っ白な衣装だが、これは赤外線で撮影されたもの。赤外線の写真を撮るには、早朝を狙わなければならないらしい。

アーティスト写真を撮る段階ではMV撮影は予定していなかった。しかし、早朝から遠出をして、砂丘というシチュエーションが揃い、「せっかくだから」というその場のノリで撮影されたという。

そのせいか、MV自体は凝ったつくりのものではなく、遠景を演出しつつ衣装のままのメンバーが実演する、というものだ。

しかし「その場のノリ」というにはあまりに儚く、またゆらゆらとした危うげな色気がただよい、さすがに20周年を迎えたバンドだな、という印象。

早速、Plastic Treeの遠国の歌詞を少し覗いてみよう。

Plastic Treeの遠国





儚く色気のあるのは、歌詞もまた同様だ。モノクロームの危うげな色気が、ここでも遺憾なく発揮されている。

今回、アルバムの発表に際し、メンバーがひとり1曲ずつ請け負ってセルフライナーノーツを書いている。

「遠国」という曲について、有村は「曲をはじめて聴いたときに一枚のデッサンのような絵が見えて。そしてバンドで音を積み上げたり、それに言葉をつけていったりすると、空や風や光や湿度やらを感じとれるような具体的な風景画となり。」と語っている。

「遠国」の歌詞は一見すると恋愛について歌っているかのような印象だが、曲全体を聴くと、タイトルに表れているように、どこか遠い国で鳴っている美しい音色のようなイメージがわいてくる。

それは、たしかに「風景画」という表し方が一番しっくりとくるようだ。はじめ「デッサン」だったこの楽曲が、バンドとして音を重ねていくごとに、だんだんと加筆されて1枚の「風景画」として完成された。

その風景の一端は、前述したMVの中に、砂丘として表れている。歌詞の言葉やギター、ベース、ドラムの音色を聴いていると、まるで異国のおとぎ話を聴いているような、そんな風にも受け取れないだろうか。

「風景画」とはいいつつも、歌詞はしかし、やっぱり色気を感じさせると思う。その色気はあの真っ黒な衣装と相まって凄みを増している。

時には夢の中をただよっているような歌声が、艶やかなギターのノイズと重なり、幻想的な曲にしあがっている。

有村は続けて「あまりにも自然で理想的な曲の生まれ方」とも書いている。前作「剥製」というアルバムを発表した際は、メンバーの口から「バンドの最終形態」という言葉が多く語られた。

その「最終形態」から「ドア」を開いた結果のひとつが「遠国」であり、Plastic Treeとして、ひとつの到達点でもあるのだろう。

Plastic Treeのバンドとしての在り方、未来が示された1曲



「doorAdore」というタイトルは、メンバーの言葉を借りれば「バンドの次の扉 (door) を連想させる」、「バンドの音楽への敬慕 (Adore) を体現した」アルバムだ。

決して完成した曲だけに満足せず、次へのビジョンが明確に生まれている。

それはバンドにとっては結果論なのかもしれないが、それでも「最終形態」「理想的」「バンドの音楽への敬慕」という言葉の数々は、ただ場数を踏んだだけのバンドからは生まれないと思う。

「遠国」は、まさにそのようなバンドの在り方や、今のバンドの状態を、特に顕著に体現した、到達点であり次への道しるべなのだ。

そして私はそこに、一握の砂に混じった確実な色気を感じる。曲を聴いた人が、どのような感覚を砂の中から見つけ出すのか。

夢、幻惑、切なさ、暗さ、光、それらが全て合わさったとき、「遠国」は「風景画」として完成するのだろう。

TEXT:辻瞼
(更新日:2018年7月11日)

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