巨人・松井秀喜の初めての送りバント(1994年7月2日)
巨人・松井秀喜の初めての送りバント(1994年7月2日)
バントの構えをする松井 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。

バントの構えをする松井

 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は7月2日だ。
 
 1993年巨人に入団したゴジラ・松井秀喜。1年目、打率.223ながら長嶋茂雄監督は、一度も送りバントのサインを出さなかった。『四番1000日計画』を掲げていただけに、これも英才教育の一環かと勝手に周囲は思っていた。

 それだけに驚いたのが2年目の94年7月2日、対ヤクルト戦での出来事だった。無死一塁で松井に出たのは送りバントのサインだ。松井にとっては中学生以来という。

 前日まで松井に打率.294、しかも競っていた試合ではない。この時点で7対4とリード。なのに……。
 松井自身は「どうせ打てないんだからいいんじゃないですか」と淡々。実際、投前にピタリと転がすと、あわてた石井一久の一塁悪送球で記録は内野安打になった。

 これで無死二、三塁となった巨人打線は一気にたたみかけて大量8点を奪い、ヤクルトの息の根を止めたのだから作戦的には大正解だ。
 長嶋監督は「左の石井でしたからね(前日まで対石井は7打数1安打)。あそこは、どうしてももう1点取りたかった」と語ったが、巨人ファン的には、「もう1点取りたいから松井に任せた」と言ってほしかった。

写真=BBM、

(更新日:2018年7月11日)

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