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セ・リーグ6球団 2000年代のNo.1最強助っ人は誰だ?

週刊ベースボールONLINE

読売ジャイアンツ



巨人・ラミレス

【巨人時代の通算成績】
569試合、666安打、148本塁打、430打点、打率307

 タフィー・ローズや李承も候補の1人だが、巨人在籍時の個人とチームのタイトル獲得数を考慮すると、アレックス・ラミレスが“2000年代最強助っ人”と言えるのではないか。前述2人と同じく、国内他球団からの移籍組であるところが当時の獲得方針を物語るが、2008年にヤクルトから移籍すると、主に四番に座って45本塁打、125打点(打点王)でリーグ2連覇に貢献。翌09年(前年にFA権を獲得し、外国人枠の適用外)は144試合全試合に四番で出場し、打率.322で首位打者、186安打で最多安打のタイトルを獲得するなど、チームを3連覇と日本一に導いた。なお、両年でリーグMVPに輝いており、以降も2年にわたって巨人打線を支えた。

阪神タイガース



阪神・ウィリアムス

【阪神時代の通算成績】
371試合、16勝17敗47セーブ141ホールド、防御率2.20

 2003、05年と2度のリーグ優勝に欠かせない存在だったのが、ジェフ・ウィリアムスだ。03年に来日し、途中にクローザーとして起用され52試合に登板し、防御率1.25で25セーブを挙げた。05年には8回に投げるセットアッパーとして大活躍。藤川球児、久保田智之と3人で勝ちゲームのリリバーとして起用され、絶対的な投球を披露した。彼らの頭文字を取り「JFK」と称され、05年の優勝をけん引。まさに最強の優勝請負い助っ人だった。

中日ドラゴンズ



中日・ウッズ

【中日時代の通算成績】
558試合、578安打、155本塁打、426打点、打率.291

 横浜で2年連続本塁打王に輝いた大砲のタイロン・ウッズが中日にやって来たのは、落合博満監督2年目の2005年のことだった。当然のように四番に座り、38本塁打&103打点を記録したが、無冠に終わり、チームも優勝を逃した。しかし圧巻だったのは翌年だ。47本塁打に144打点で2冠。打率も.310で優勝に貢献、これぞ助っ人の大活躍だった。東京ドームで優勝を決定づける延長満塁弾を放ち、落合監督とベンチ前で抱き合ったシーンは記憶に新しい。中日在籍は08年までの4年間だったが、毎年35本塁打以上で通算155本塁打をマークした。これはマーチンの161本塁打に次ぐ球団2位の助っ人本塁打記録。ただし、マーチンは5年の在籍(1974~78)だったから平均ではウッズが上。2000年代だけでなく、球団史上最強の助っ人だったと言えるだろう。

横浜DeNAベイスターズ



横浜・ウッズ

【横浜時代の通算成績】
266試合、273安打、85本塁打、190打点、打率.286

 韓国のKBOで通算174本塁打、510打点の実績を引っ提げて2003年に横浜に入団したタイロン・ウッズ。1年目から圧倒的なパワーでアーチを量産し、本塁打王を獲得。KBOとNPBで本塁打王に輝いた史上初の選手となった。続く04年には本塁打数を前年の40本から45本へと伸ばして、ホームランキングの座を守った。横浜スタジアムでは場外弾を連発するほどの飛距離が魅力だった。高齢が懸念されたが、翌年に中日に移籍。06年のリーグ優勝に貢献するなど竜の黄金期を支えている。

広島東洋カープ



広島・エルドレッド

【広島時代の通算成績】
577試合、496安打、133本塁打、370打点、打率.259

 広島では、2012~18年、球団の外国人選手としては最長の7年間在籍、通算133本塁打を放ち、14年には37本塁打で本塁打王を獲得しているエルドレッドが2000年代最強外国人だ。通算133本塁打は広島の助っ人外国人ではライトル(155本)に続く2位、14年の本塁打王は、広島ではもっとも最近の本塁打王でもある。13年に球団史上初のクライマックスシリーズ出場を決めた9月27日の中日戦(ナゴヤドーム)で放った決勝弾は印象深い。16年の日本ハムとの日本シリーズでは、3試合連続本塁打も。ママチャリで球場に“自転車通勤”するなど、親しみやすいキャラクターでファンに愛されたという点でも、最強と言えるだろう。現在は駐米スカウト。

東京ヤクルトスワローズ



ヤクルト・ペタジーニ

【ヤクルト時代の通算成績】
539試合、595安打、160本塁打、429打点、打率.321

 2001年から07年まで、ヤクルトの主軸として活躍し、のちに巨人、DeNAでも勝負強さを発揮したアレックス・ラミレスもいるが、やはりMVPに輝く働きで、01年の優勝に大きく貢献したロベルト・ペタジーニだろう。ヤクルトにいたのは1999年から02年までだが、4年間で160本塁打し、NPBで獲得した本塁打王2度、打点王1度、最高出塁率2度のタイトルはすべてヤクルト時代。ベストナインも4度、ゴールデン・グラブ賞も3度と、頼れる助っ人だった。ちなみに、本塁打を打ったときにもらえるつば九郎の人形は、すべて家に持ち帰り並べていたというから、彼の家には160体のつば九郎があったはずだ。

写真=BBM

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