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パ・リーグ6球団 2000年代のNo.1最強助っ人は誰だ?

週刊ベースボールONLINE

埼玉西武ライオンズ



西武・カブレラ

【西武時代の通算成績】
827試合、923安打、273本塁打、686打点、打率.306

 圧倒的なパワーから、すさまじい飛距離を誇った大砲がアレックス・カブレラだ。2001年、西武に入団するとリーグ2位となる49本塁打。翌02年は王貞治(巨人)、タフィー・ローズ(近鉄)と並ぶ当時のシーズン最多55本塁打でリーグ優勝の立役者となり、本塁打王、MVPに。04年は死球禍で骨折して離脱したが、64試合で25本塁打を放ち、中日との日本シリーズでも3本塁打をマークして日本一に貢献。06年には100打点で打点王に。05年6月3日の横浜戦では西武ドームの左中間の天井を直撃する推定180メートルの同球場初の認定アーチも。西武では07年までプレーし、通算273本塁打。その後はオリックス、ソフトバンクのユニフォームを着た。

千葉ロッテマリーンズ



ロッテ・ミンチー

【ロッテ時代の通算成績】
104試合、45勝40敗0セーブ、防御率3.73

 広島から2001年に加入したミンチー。203センチの長身からテンポよく投じ、制球力も抜群で、移籍初年度は12勝を挙げて、セ・パ両リーグで2ケタ勝利を挙げた初の外国人投手に。翌02年は7完封を含む15勝、03年も14勝と白星を稼ぎ、02年は投球回230.1回と“イニングイーター”としてもチームの大きな力になった。タフネスさは魅力だった一方、中4日での登板を希望するも先発ローテの編成が難しくなることから、首脳陣と衝突することも。結局04年は中5、6日での登板で、4勝にとどまり、シーズン途中に右ヒジ手術を受けて、同年限りで引退した。

福岡ソフトバンクホークス



ダイエー・バルデス

【ダイエー時代の通算成績】
497試合、556安打、86本塁打、335打点、打率.302

 強いホークスの“打”の象徴、ダイハード打線の中でも2003年の『100打点カルテット』はすさまじかった。その一角を担ったのが、ペドロ・バルデスだ。豪快なホームランよりも、ライナー性の力強い打球を広角に放つイメージが強く、在籍4シーズン、コンスタントに打ち続けた“優良助っ人”。100打点カルテット当時は、三番・井口資仁、四番・松中信彦、五番・城島健司の後を打つ六番打者として活躍したが、入団1年目は二番打者がメーン。一時は打率4割をマークするなどの“恐怖の二番打者”として強烈なインパクトを残した。

東北楽天ゴールデンイーグルス



楽天・リック

【楽天時代の通算成績】
419試合、474安打、23本塁打、171打点、打率.317

 野村克也監督が指揮を執った2006年から09年まで所属し、「安打製造機」として弱小チームを支えたのがリック・ショートだ。06年の開幕直前に登録名を「ショート」から「リック」に変更。08年には西武・中島裕之(現宏之、巨人)とのデッドヒートを制し、打率.332で1989年のブーマー以来となる外国人首位打者に輝いた。最終年の09年こそ61試合出場で打率.255と低迷したが、打率3割を割ったのはこのシーズンのみ。03年のロッテ時代を含めて日本での通算打率.314という優良助っ人だった。

北海道日本ハムファイターズ



日本ハム・セギノール

【日本ハム時代の通算成績】
524試合、536安打、122本塁打、339打点、打率.284

 北海道に移転した2004年に入団し07年まで在籍したフェルナンド・セギノールを日本ハムの2000年代最強助っ人に推したい。破壊力あるパワフルな打撃でチームを日本一に導いた“最強のスイッチヒッター”。左右両打席から本塁打を量産する珍しい助っ人だった。1年目から打率.305、108打点をマークし、44本塁打を放って本塁打王を獲得。在籍4年間すべてのシーズンで20本以上のアーチを放っている。日本ハムでの通算成績は524試合に出場し打率.284、536安打、122本塁打、339打点。04、06年とベストナインに2度輝いた。08年から楽天でプレー、10年には8年ぶりにオリックスへ復帰した。

オリックス・バファローズ



オリックス・ローズ

【オリックス時代の通算成績】
358試合、364安打、104本塁打、276打点、打率.289

 近鉄時代には、お立ち台で佐々木恭介監督の名言(?)「ヨッシャー!」を絶叫するなど陽気な性格な一方、判定不服でエキサイティングする熱さもあったタフィ・ローズ。長打力は抜群で、近鉄時代の2001年には当時日本タイ記録のシーズン55本塁打を放って“いてまえ打線”をけん引。巨人、レッズ(マイナー)を経て07年に加入したオリックスでも09年までの3年間で104本塁打とアーチを量産し、ラロッカ、カブレラらと形成した“ビックボーイ打線”を形成した。NPB13年間で放った通算464本塁打は、歴代助っ人最多記録だ。

写真=BBM

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