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【ネタバレ】「シン・エヴァ」が見事に完結できたワケ。立役者たる敵役“碇ゲンドウ”が果たした役割

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【ネタバレ】「シン・エヴァ」が見事に完結できたワケ。立役者たる敵役“碇ゲンドウ”が果たした役割

アニメやマンガ作品において、キャラクター人気や話題は、主人公サイドやヒーローに偏りがち。でも、「光」が明るく輝いて見えるのは「影」の存在があってこそ。
敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第10弾は、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』より碇ゲンドウの魅力に迫ります。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』によって、エヴァンゲリオンが完結した。

驚くほどすっきりと完結できたのは何故だろう。全ての謎が解き明かされたからだろうか。しかし、ネブカドネザルの鍵はどう使うものなのかなど、細かい謎はたくさん残っている。

様々な謎が残されているにもかかわらず、本作が「完結している」と多くの人に印象を与えたのは、主人公碇シンジの戦いが決着したからだろう。シンジの戦いとは、捨てられた父との戦いであり、乗り越えるべき壁だった父を完全に乗り越えた瞬間が描かれたからこそ、本作は完結できたのだ。

その意味で、エヴァンゲリオン完結の立役者は碇ゲンドウだ。なぜなら、本作で彼はシンジと真っ向から対峙し、敵役の責務としてきちんと敗れ去ったからだ。

エヴァンゲリオンとは、父殺しの物語だった。TVシリーズ第壱話でシンジとゲンドウが再会し、エヴァに乗れと命令された時から、シンジとゲンドウの対立関係は明白だった。様々な要素を吸収しながら膨れ上がっていったエヴァの物語だが、始まりは父と息子の葛藤だったのだ。

しかし、いわゆる旧劇の劇場版『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』では、父と息子の対立に明確な決着は訪れなかった。碇ゲンドウはシンジのあずかり知らぬところで「すまなかったな、シンジ」と言い残し溶けてしまったので、主人公の乗り越えるべき相手がいなくなってしまった。つまり、ゲンドウは旧劇の物語の中では、敵役としての役割を全うしきれないまま退場してしまったのだ。

父殺しの物語は、人類史の中で繰り返し描かれてきた。ギリシャ神話の『オイディプス王』からシェイクスピアの『ハムレット』、ドストエフスキーの諸作品に『スターウォーズ』など、様々な名作で父殺しは繰り返されてきた。これらの物語における「父」とは、支配者のメタファーであり、息子や娘が父を殺すのは、支配の抑圧から逃れて自我を確立すること、つまり成長の通過儀礼を意味する。父という旧来の価値観で支配する存在を殺し、乗り越えることで子供は父と別の人生を歩めるようになる。

内向的な少年・碇シンジは本作で、碇ゲンドウも実は自分と同じ、他者を恐れる人物であると知る。まさに自分は父親の価値観や性格に支配されていたのだと初めて気が付いたわけだ。初号機と13号機はよく似たデザインだが、シンジとゲンドウがそれに乗り込んで戦うシークエンスはまさに2人が似た者同士であることを示しているだろう。

本作で2人の戦いは、殴り合いではなく話し合いで決着がもたらされる。ミサトから槍を受け取ったシンジは他者の想いを受け止められるようになった。それは、ついぞゲンドウにはできなかったことである。ここでようやくシンジは、父とは違う道を進むことができるようになった。内面世界で、列車を降りるゲンドウに対して、シンジはその電車に乗り続け、エヴァパイロットたちの心に寄り添う。自分のことしか考えられなかった少年が、他者の想いをくみ取り、救いの道を示せるようになったのだ。

そして、成人したシンジがゲンドウとはまったく異なる性格になっていたのも、父とは違う人生を歩んでいくのだということを示しているのだろう。

父との対決に向かうシンジにミサトが言う。「息子が父親にしてやれるのは、肩をたたくか殺してやることだけよ」と。もしそうなら、逆に父親が息子にしてやれることとは何だろう。

それは、乗り越えるべき敵として立ちふさがり、殺されてやることだけなのかもしれない。碇ゲンドウは、旧劇でなり損ねた敵役を見事に務め上げ、主人公の成長の糧となった。シンジが主人公として成長する役割を果たした一方で、ゲンドウもまた役割を全うした。だからこそ、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』はこんなにもきちんと完結できたのだ。

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