藤井聡太「トッププロの宿命」を師匠・杉本昌隆七段が語る
藤井聡太「トッププロの宿命」を師匠・杉本昌隆七段が語る
   藤井聡太の師匠である杉本昌隆七段は、自分と藤井の関係は「普通の師弟とは違う」と言う。   「藤井はまだ15歳ですから、普通ならまだ奨励会で修行の年齢です。師匠として、この世界の先輩として、自分が […]

 

 藤井聡太の師匠である杉本昌隆七段は、自分と藤井の関係は「普通の師弟とは違う」と言う。

 

「藤井はまだ15歳ですから、普通ならまだ奨励会で修行の年齢です。師匠として、この世界の先輩として、自分が見てきたことを伝えたいと思ったときに、彼はすでに一人前になっていました。

 

 そういう意味では、親離れが早かった。私が教えなくても、違う世界の先達たちから、いろいろなものを吸収できる立場にいる」

 

 普段、藤井から杉本に話しかけるときは、どうしても将棋の話題が中心になる。そこに藤井の気遣いを感じるという。

 

「学校での出来事や高校生が興味を持つ話題では、私と話が続きませんからね」

 

 杉本は、藤井と本当の師弟の付き合いが始まるのは、あと5年くらいしてからだと語る。将棋盤ではなく、テーブルを挟んで一緒に酒が飲めるようになってからだと。

 

「何の話をするか想像がつかないのですが、師弟を離れた大人の会話ができたら嬉しい。趣味や家庭、恋愛の話なども。でも結局、将棋の話をしてしまいそうですけどね」

 

 ある土曜日の午後1時半、大阪・なんばの大手家電量販店のイベント会場で、杉本のトークショーが始まった。40人ほどの客席は、ほぼ埋まっている。司会者が紹介のアナウンスをする。

 

「あの藤井聡太六段(当時)の師匠であられます杉本昌隆七段です」

 

 会場からの拍手に杉本は笑顔で応えると、張りのある声で話し始めた。

 

「この一年、いろいろな質問を受けましたね。よく記事になるのが、藤井が入門したときに私に勝った話です。実際は2局指して、1勝1敗なんですよ。でも私が勝ったことは、書いてもらえないんですよ」

 

 残念そうな顔を浮かべてユーモラスに話す彼に、会場が一気に和む。

 

「そういえば、今年のバレンタインデーに、将棋会館宛に私にもチョコレートが届いたんです。棋士になってから初めてですよ。事務所の人に『ダンボール箱に入り切らないほどですか』と聞いたら、『2つです』と」

 

 棋士のトークショーでこんな楽しい話が聞けるとは思っていなかったのだろう。杉本は会場の空気をつかんでいた。

 

「本を書かないかというお話もいくつかいただきました。どんな内容のものかを聞くと『凡人が天才を育てる方法』。さすがに丁寧にお断りしました」

 

 お客さんたちはみんな笑っている。屈託のない話し振り。杉本の人柄に魅了されてしまう。

 

 今、杉本の週末はイベントや講演の依頼でほぼ埋まっている。昨年は藤井が20連勝を過ぎた頃から、100件を超えるインタビュー取材を受けた。今でも藤井の対局の後は、携帯電話が鳴り止まなくなる。メディアは記事にするために師匠のコメントが欲しいのだ。

 

「積極的に弟子を取りたいという気持ちは自分にはありません。でも藤井は、この才能が地元から流出してしまうのは残念だと感じました。できれば一門で迎え入れたい。自分が師匠に教えていただいたことを、藤井に継いでもらいたいと思いました。

 

 彼の才能をもってすれば、棋士としての未来に関しての不安はありません。私が心配するとすれば、将棋以外のことに魅力を感じてしまうことですね。違う道に進もうとする気持ちは、止めることはできませんから」

 

 どんなジャンルでも言えることだが、抜きん出た能力を持つものは、周囲から一歩距離を置かれる。将棋界でも歴代の「永世称号」保持者(タイトルを多数獲得したことによって得られる)は、その存在だ。

 

 関西でいうならば、谷川浩司九段(十七世名人)が現れると、場の空気が変化する。棋士室の雑談が止む。取材者の背筋がスッと伸びる。谷川が何もしなくても、人々は彼の尊厳を貶めることを慎むのだ。

 

 それは頂点を極めた者の孤独の裏返しでもある。普通の棋士が谷川を気楽に飲みに誘うことはない。史上2人目の中学生棋士としてデビューし21歳で名人位を獲得、周囲は、将棋界の象徴として相応しい人物になることを求めた。谷川自身もその求めに応じ、孤高の努力を続けてきた。

 

 杉本は、藤井も谷川と同じ道を歩むことになるだろうと言う。

 

「藤井の高校への進学は、人生という意味で、いい選択だったのではないでしょうか。同級生たちは『藤井七段』とは見ないでしょうから。そこではふつうに付き合ってくれる友人関係を築くべきです。『今日のお弁当のおかず何?』とか、他愛もないことを話せる関係は大切だと思うんです。

 

 将棋界での彼は特別な存在として扱われてしまう。それは仕方がない。実績は切り離せないですから。当然、これからこの世界に入ってくる後輩たちは、距離を置いてしまいます。藤井が現れるだけで場がピンと張り詰め、みんなが無言になる。それはトッププロの宿命でしょう――」

 

 
 以上、野澤亘伸氏の新刊『師弟』(光文社)を元に構成しました。将棋を志した少年と師の出会い、地獄の奨励会時代、プロ棋士として活躍する現在……そんな師弟の共闘を徹底した取材で描きます。

 

●『師弟』詳細はこちら

(更新日:2018年7月10日)

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