マウンドで審判を試した“精密機械”小山正明/プロ野球仰天伝説170
マウンドで審判を試した“精密機械”小山正明/プロ野球仰天伝説170
長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面
長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

打者の“ツボ”をわずかに外す



阪神・小山正明

 阪神、ロッテ、大洋を渡り歩いた小山正明は“芸術家”であった。その制球力の良さは針の穴をも通すと表現された。1953年に無名の高砂高から阪神にテスト同然で入団したが、そのときは183センチの長身だけが目立ってコントロールのつかない、頼りない投手だった。

 それが日本一のコントロールの良い投手となったのは、「来る日も来る日もバッティング投手をやり、投球練習を続けたおかで」(松木謙二郎監督)である。21年間、「一度も肩が痛くなった経験がない」美しい投球フォームで320勝、投手のお手本となった。

 小山がいかにコントロールに自信を持っていたかを物語るエピソードは64年、30勝した年の主審との駆け引きからうかがえる。

 まず、内、外角に球1個外して投げる。もし、これをストライクと判定したら、その試合は楽なものだがめったにない。内、外角に球半分ボールにして投げてみる。主審のボールのコールを聞いてから、次にいっぱいのストライクを投げた。

「○○審判は上手だ」といわば審判をテストするほどだった。だから、小山からクレームをつけられた審判は、本心は「今のは間違ったんじゃ……」と反省したほどであった。

「ストライクを取るのはアマチュアのやること、俺は1球で打者を打ち取ることを考えて投げた」が極め付け。つまり、ストライク3つで三振させるより、初球、その打者が手を出しやすい好きなコースに好きな球種を投げて、しかもわずかに“ツボ”を外して打ち取ったのだ。

写真=BBM
(更新日:2018年6月12日)

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