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野村克也監督に「お手伝いしたい」と手紙を書いたが…… 大野雄次/パンチ佐藤の漢の背中「02」

週刊ベースボールONLINE

『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中」。「現役を引退してから別のお仕事で頑張っている元プロ野球選手」のもとをパンチさんが訪ね、お話をうかがう連載です。今回は大洋、巨人、ヤクルトで勝負強い代打の切り札として活躍し、現在は都内で「鰻・和食料理 大乃(おおの)」を営む大野雄次さんをお訪ねしました。

うなぎ店の社長に相談して



大野雄次氏(左)、パンチ佐藤

 引退の2、3年前のこと。巨人時代から通っていたうなぎ店『神田きくかわ』の社長に、「引退後、何をしようか迷っています」と相談した。すると社長は、「こんな商売をやってみたら、面白いよ」と言って、両国にあるうなぎの立ち飲み屋に、大野さんを連れて行ってくれた。

 その店に何度か通い、興味を持った大野さん。引退1カ月後には、そこで修業をスタート。2年間の修業を経て、東京・JR田町駅そばに『大乃』を開いた。

パンチ もともと、お酒とか食べることが好きだったんですか。

大野 俺は、酒が好きだったのね。遠征に行ったら、その土地の地酒を呑んで、おいしい地物を食べて。食べるものに対しても、興味があった。それに俺が小6のとき、お袋が十二指腸潰瘍をやってね。そのとき親父と兄貴、弟と4人分のまかないを全部俺がやったんだ。もし野球をやらなかったら、調理師学校に行こうかと思っていたくらい。だから、飲食店をやりたいっていう夢も、昔からどこかにあったんだろうね。

パンチ その社長さんのアドバイスに現役時代からきちんと耳を傾けて、すぐ修業に行ったのは大きかったですよね。プロ野球選手の中には、「俺は会社のトップクラスとしか付き合わないよ」っていう人もいるでしょう。また逆もいますから。社会人を経験しているのも、よかったかもしれないですね。

大野 幸いにしてね、やっぱりそういう人って、匂いが分かるじゃない。大野さん、大野……って呼び名がだんだん、変わってくる。俺、そういう人はみんな切っていったから。

パンチ 僕も同じですね。修業時代は、どんな毎日だったんですか。

大野 朝5時半に起きて、うなぎをさばいてから、いったん家に帰るの。それで午後3時から日比谷で仕込みをして、両国の立ち飲み屋に移動して、店の開店準備をする。家に帰るのは、毎晩11時くらいだったかなあ。

パンチ 野球界にきっぱり区切りをつけたから、そういう地道な修業ができたんでしょうね。

大野 いや……実は俺、その前に野村克也さんに手紙を書いてたの(笑)。

パンチ コーチをやりたいって言ったんですか?

大野「飲食店をやります」とは言ったものの、一方で野球界に残りたい気持ちもあってね。「もし監督の下でお手伝いできることがあったら、ぜひ手伝わせてください」と手紙を書いたんだけど、返事が来なくてね。どうも監督の手元に届いていなかったみたい。去年、テレビの企画で野村さんがウチの店に来て、そんな話をしたんだけど、見なかった?(笑)

パンチ すみません! 見ていませんでした!!(笑) 結局、野村さんにはその手紙を読んでもらえていなかったんですね。

大野 俺の文面を読んでいたら、野村さんなら何かアクションを起こしてくれるだろうなあと思っていたんだけど、何も連絡がなかったから。それであきらめて、修業に行ったんだ。

「面倒くさい」は世の中で一番使ってはいけない言葉


パンチ いや、でも大野さん、それでよかったんじゃないですか。こんないいお店を持てたんだから。

大野 そうなんだよね。「俺は、野球しかできないから」と言って、野球を教えてお金をいただくのが、一番楽は楽。だけど、それが終わって、50歳くらいになってから世の中に出たら、何もできなくなっちゃうじゃない。

パンチ 僕もそう思います。昔は引退後、飲食店を始める方が多かったけど、今は飲食も厳しくて、サラリーマンになる人が多いですよね。その中で大野さんは、このお店をずっと続けていらっしゃる。山手線の田町駅前という最高の場所ですが、逆に言うと激戦区。多くの飲食店がある中、負けずにここまでやってこられたのは、どうしてだと思いますか。

大野 やっぱり本人がお店にいるから。あと、自分では期待していなかったんだけど、日比谷にJFE(旧川崎製鉄)の本社があってね。

パンチ 距離が近いこともありますが、プロに行っても、昔の仲間や上司を大切にしていらしたということですよね。こうしてメニューを拝見すると、看板メニューのうなぎは四番バッターでしょうけど、他のバッターも結構いいのがそろっていますね。

大野 うなぎ一本でやっていたら、敷居が高い店になってしまって、うまくいかなかったと思うんだ。俺はもともと、うなぎ一本でとは思っていなかったから、サイドメニューは当然飲み屋、居酒屋よ。

パンチ 商売の上で、いつも考えていらっしゃることはなんですか。

大野 俺ね、世の中で一番使っちゃいけない言葉は、「面倒くさい」だと思うんだ。築地に行って、仕入れをするのもそう。「今日行ったって、お客さんが来ねえからなあ。面倒くせぇから仕入れ行くのやめようかな」とか、絶対思わない。なんでも「面倒くさい」って言葉が出そうになるときは、絶対飲み込むようにしているよ。

<「3」へ続く>

●大野雄次(おおの・ゆうじ)
1961年2月2日生まれ、千葉県出身。君津商高から専大(中退)、川崎製鉄千葉を経て、ドラフト4位で87年大洋に入団。92年巨人、94年にヤクルトへ移籍。「野村再生工場」で代打の切り札として活躍し、95年の日本シリーズ第1戦では代打で初打席本塁打。96年には「代打逆転満塁本塁打」を同一シーズンで2回も記録した。98年限りで引退。通算成績は457試合出場、打率.245、27本塁打、116打点。現在はJR田町駅前で「鰻・牛タン料理・酒・喰い処 大乃」を営む。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成=前田恵 写真=椛本結城

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