top_line

【 最新ニュースをアプリでサクサク読むなら! 】

テレビから消えた“あの女子アナ”を追え<TBS>所属事務所からも契約解除された小林麻耶の今後

アサ芸プラス

 女子アナ教育の厳しさは民放随一どころか、NHKより上とされるTBS。硬軟両面で多くの逸材が巣立っている。

 70年代に「ケンケン」の愛称で親しまれた見城美枝子(75)。人気が拡大したのは75年に始まった「おはよう720」の海外レポートのおかげだが、実は局の労働争議に巻き込まれ、73年に退社してフリーになっての仕事だったとか。

 その後、青森大学副学長や、サイバー大学客員教授などを歴任。

 女子アナ評論家の丸山大次郎氏は、

「退社後、学術系で最も成功したアナウンサーのひとりじゃないかと思います」

広告の後にも続きます

 さらに丸山氏は、同じ系統で木場弘子(56)の名を挙げる。中日・与田剛監督の妻であるが、木場自身の実績もケタ違い。

「13年より千葉大学客員教授に。さらに国際石油開発帝石株式会社社外監査役や日本港湾協会理事も務めています。学術分野の成功者で、長くTBSの報道を支えた実績がうかがえます」

 女子アナのアイドル化を低く見ていたTBSで、初めて誕生したアイドルアナが進藤晶子(49)だった。

「司会を担当した『ランク王国』の宣伝として、セーラームーンのコスプレをしたテレカを作成。応募者が殺到し、高額のプレミア価格で取引されていました」(アイドルライター)

 やがてニュース番組でも起用されるようになったが、入社からわずか7年の01年3月に退社。同時に文藝春秋誌に手記を寄せ「社内いじめはあった」と、これまでささやかれていたことを事実と認めた。

  • 1
  • 2

TOPICS

ランキング(エンタメ)

ジャンル