バッティングセンター勤務からはい上がった山本和範/プロ野球仰天伝説141
バッティングセンター勤務からはい上がった山本和範/プロ野球仰天伝説141
何度もクビになりながら……ダイエー・山本和範 まさに波乱万丈の野球人生だ。 1977年、近鉄に入団したカズ

何度もクビになりながら……



ダイエー・山本和範

 まさに波乱万丈の野球人生だ。

 1977年、近鉄に入団したカズこと、山本和範である。80年に一軍初出場を果たすが、82年限りで解雇になってしまう。一度は野球をあきらめ、故郷の福岡に帰ろうと思ったが、わずかな可能性に懸け、近鉄時代の同僚・久保康生に紹介されたバッティングセンターでアルバイトをしながら練習、復帰を目指すことにした。

 幸い近鉄の二軍時代、山本のバッティングに注目していた穴吹義雄監督に誘われ、83年南海入団。84年からスタメンに定着し、勝負強い打撃と明るい性格で人気選手となった。

 95年、右肩の亜脱臼もあって46試合の出場に終わると、自由契約。それでもテストを受けて96年は古巣・近鉄と契約。99年には球団から引退を勧められるも現役続行宣言。最後のダイエー戦でなんと決勝ホームランを打ってしまった。

 ただ、この本塁打で逆に完全燃焼。引退を決めた。

写真=BBM
(更新日:2018年5月14日)

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