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【プロ野球仰天伝説101】出来レースと言われた遺恨だが、カネやんの怒りは本物だった【怒れる男たち】

週刊ベースボールONLINE

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

ロッテとチア併用の遺恨試合



ロッテ・金田正一

 1973年から74ねんにかけての「金田ロッテ×稲尾太平洋」の遺恨試合。いまでは太平洋フロントの集客増の思惑があっての“やらせ”というのが定説になっているが、当時の雰囲気はそんなゆるいものではなかった。

 最初の“修羅場”は73年6月1日からの平和台での4連戦だった。両軍というより、ロッテ・金田正一監督と西鉄ファンの抗争の様相となり、試合中にグラウンドに次々と物が投げ入れられる。

 試合終了後も騒ぎは収まらず、2時間以上、ロッテナインが球場に缶詰。囚人護送車で宿舎に運ばれた。

 翌74年も遺恨は続き、4月27日にはホームのクロスプレーから大乱闘(川崎)。金田監督が太平洋の宮寺勝利捕手を足蹴にし、その金田監督をビュフォードが押し倒した。しかし、この写真を次の平和台のポスターに使った太平洋は悪ノリが過ぎた。福岡県警から注意され、慌てて謝罪。遺恨も沈静化した。

写真=BBM

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