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【ソフトバンク優勝/ギータ伝説】モスバーガーのバイトで始まった柳田悠岐と王会長の「夢」

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日本シリーズ第5戦、バットを折りながらのサヨナラホームランを打ち、工藤監督と抱擁する柳田。 (photograph by Hideki Sugiyama)

3年ぶり19度目のパ・リーグ優勝を達成した福岡ソフトバンクホークス。なぜ群雄割拠のパ・リーグで常に強さを発揮できるのか――その中心メンバーである柳田悠岐の“ほっこりエピソード”記事を再公開します。(初公開:2018年11月6日)
 

 旧広島市民球場の最寄駅「原爆ドーム前」から路面電車で2駅隣の「十日市町」。そこから程近いモスバーガーで、柳田悠岐は、高校3年生の終わり頃にアルバイトをしていた。

「フツーに接客をして、作ってましたよ」

 決して遊ぶ金欲しさではない。「ジムに通うため」に柳田はせっせと働いたのだった。

 あの頃は、まだ「超人ギータ」ではなかった。広島商業高校で放った通算本塁打は11発。プロ野球でこれほどのスラッガーに変貌するとは誰も予想出来なかった。身長は186cmあったが、体重は60kg台後半。その名のごとく「柳」のように細かった。

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「最後の夏はホームランも打ってたし(県大会で2発も準決勝で敗退)、肩や足にはもともと自信はありました。明確にプロを考えたわけではなかったけど、大学でしっかりやってから社会人野球なりプロを目指したいと思ってたんです。ただ、高校の時はたくさん練習はしましたけど、ウエートはやったことがなかった。体を大きくすればもっと出来るんじゃないかと思いまして。ちょっと本気でやってみようかなと」

秋山翔吾との天秤と王会長。

 金本知憲や新井貴浩が御用達のジムに門を叩くと、柳田の体は着実に、いや一気にサイズアップしていった。

「10キロくらい体重が増えて、もちろん筋量も増えて、広島経済大学に入学するときにはプレーの質が変わってました。そこから先輩とかに『プロを目指せよ』と言ってもらって、意識するようになりました」

 ’10年の秋、ドラフト会議。ホークスは当初、補強ポイントだった左打ちの外野手では八戸大学(現八戸学院大学)の秋山翔吾を最上位にリストアップしていた。しかし、前日の会議の中で王貞治会長が声を上げた。

「柳田って体は大きいけど、どっちが飛ばすんだ?」

 大学4年当時、秋山の183cm・83kgに対して、柳田は187cm・89kgの体躯を誇っていた。

「ならば夢のある選手の方が」

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