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【石田雄太の閃球眼】牧田和久の粋なニックネーム

週刊ベースボールONLINE


スプリングトレーニングでは、アンダースローからの球筋を“ジョーズ”にたとえられたパドレスの牧田和久

 マリナーズとパドレスがスプリングトレーニングを行っているのは、アリゾナ州ピオリアである。この場所に初めて足を運んだのは25年前、1993年のことだ。

 野茂英雄がメジャーへ挑もうとした、その前年、日本のプロ野球を経験していない19歳の日本人が、マリナーズとマイナー契約を交わした。それがマック鈴木だった。彼を取材するためにピオリアへ出向いた。思えばあのときのピオリアは、このスポーツコンプレックス以外、あるものは道路だけという殺伐とした街だった。あれから四半世紀が過ぎて、今やピオリアにはショッピングモールもレストランもホテルも建ち並んでいる。イチローが長くここでスプリングトレーニングを行っていたこともあって、アリゾナの中でもピオリアはとくに馴染み深い街となった。今でも訪れれば必ず足を運ぶハンバーガー屋があり、行きつけの洋服屋があり、決まって立ち寄るコーヒーショップがある。

 今年は、そのピオリアに牧田和久がやってきた。

 ライオンズからパドレスへの移籍を果たした33歳のルーキーは、落ち着き払った様子で初めてのスプリングトレーニングを過ごしていた。牧田がブルペンでピッチングを始めると、いつしか周りにGMをはじめとするフロント関係者、マイナーのコーチ、チームメートたちが興味深々といった様子で集まってくる。アンダースローの牧田が地面すれすれの位置でボールを離すと、誰もが思わず「ワーオ」といった声を洩らした。

 下から伸び上がっていくストレート、フワッと浮き上がるカーブ、ビックリするほど遅いチェンジアップ。球速は130キロそこそこで、普通は球速の出ないピッチャーが投げればブルペン映えはしない。しかし牧田のボールは驚くほど、ブルペン映えしていた。牧田はいくつものリズムで、球速と軌道の異なるボールを繰り出す。しかもセットして長くボールを持ったかと思えば、スーパークイックで投げたりもする。ただでさえアンダースローに慣れない、まして牧田との対戦経験がないメジャーのバッターは、いったいいくつのタイミングでボールを待てばいいのかと、混乱するに違いない。牧田のブルペンセッションを見ていたチームの関係者は驚き、呆れ、やがて笑い出した。これは、簡単には打てないぞ、とばかり……。

 伝説のサブマリン、山田久志さんにアンダースローについてきいたとき、山田さんは言っていた。

「下から投げるのは、上から投げてダメだったからだと思っている人がけっこういるけど、そうとは限らない。アンダースローの体の使い方が合う人もいるんだ。それに、アンダースローは技巧派だって思ってる人もたくさんいるみたいだけど、これも違う。アンダースローにも速球派はいる。問題は手首を立てているかどうかだよ」

 確かに往年の山田さんは技巧派のピッチャーではなかった。ボールをリリースする瞬間、手首を立ててスナップをきかせ、速いストレートを投げる“本格派”のアンダースローだった。そして牧田もまた手首を立てることにこだわり、ストレートを重視している。

「135キロでも、工夫次第で速く見せられる。やっぱり自分の生命線は、どれだけ強い真っすぐを投げられるか、なんです」

 牧田はアマチュア時代、バッティングピッチャーをやって、気づいたことがあった。それは、同じフォームでもクイックで投げたりゆったり投げたりするだけで、バッターのタイミングが合わなくなるということだ。同じストレートでもリリースの瞬間、強めたり緩めたりすることでバッターは打ち損じる。以来、牧田はフォームやリリースで強弱をつける間の使い方を覚えた。その集大成が去年のWBCだった。オランダ代表のメジャー・リーガーたちは、牧田のストレートに差し込まれたり、泳がされたり、タイミングを合わせることができなかった。そのときに味わった快感が、牧田をメジャーへと突き動かしたのである。

「もともと自分には一番になろうという気はありませんでした。自分の力ではトップには立てないと思っていたんです。でも、自分にしか持ってないものもあります。人は人、自分は自分。高1の秋に出会ったアンダースローは、自分だけの投げ方だと思っています」
 
 パドレスのある関係者は、牧田の球筋を見て「水面下から静かに近づいてきて、グワッと人に噛みつくジョーズみたいだ」と、映画に登場する有名な人食いザメにたとえていた。“ジョーズ牧田”――うーむ、いかにもアメリカらしい、粋なニックネームではないか。

文=石田雄太 写真=GettyImages

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