【パンチ佐藤が直撃!】東京・代官山でカフェを営むパティシエの元広島・小林敦司/03
【パンチ佐藤が直撃!】東京・代官山でカフェを営むパティシエの元広島・小林敦司/03
『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中
『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中」。現役を引退してから別の仕事で頑張っている元プロ野球選手の下をパンチさんが訪ね、お話をうかがってまいります! 今回は90年代のカープで中継ぎ投手として活躍し、現在は東京・代官山で「2-3 Cafe」を営むパティシエの小林敦司さんをお訪ねしました。

イメージに向かってコツコツ経験を積み上げた



小林敦司氏

 小林さんが最初の修業先に選んだのは、全国に10店舗超を展開するタルトケーキの名店『キルフェボン』。その“アトリエ”と呼ばれる、洋菓子製造の中枢部だった。

 当時、30人ほどのスタッフは、25歳以下の女性がほとんど。3人ほどいた男性陣の中、33歳の小林さんは異色だった。しかも用具の使い方ひとつ分からず、最初の2年は怒られっぱなし。野球よりつらく、心が折れそうになったときもあったという。

パンチ 俺は我慢できる自信があるけれど、元プロ野球選手、特にピッチャーがその年下の女の子たちにいろいろ言われて、よく我慢できたね。

小林 野球って年功序列じゃないですか。だけど社会は入った順。僕はそういうことも知らなくて、入ってから気がついて。でも、自分がきちんとできるようになれば怒られないし、普通に会話もできる。できないから注意されるんです。それに、もしそこを辞めて他に行っても同じですから。

パンチ そう思えたのが、今につながっているね。必ずしもみんな、そこに気がつくわけじゃないから。

小林 それが自分の生きていく道だと思っていたし、自分がやらなければケーキも作れず、母親の手伝いもできない。何年我慢してもできるようになればいいや、と思いました。

パンチ 3年くらいしたとき、その女の子たちにも「最近いいんじゃないですか?」なんて言われるようになった?

小林 みんなで一緒にご飯を食べに行くとか、溶け込んできて。だんだん距離が縮まっていきました。

パンチ やっぱり普段のちょっとした姿勢から、「この人、本気なんだ」って感じたんだろうね。そうしたらみんなも、「じゃあ、いろいろ教えてあげようよ」って思うじゃない。

小林 最初はたぶん、「この人できるのかな?」と疑っていたでしょうね。

パンチ そこから次のステップは?

小林 ケーキ屋と掛け持ちで、カフェで働き始めました。ケーキ屋を辞めてからはカフェとイタリアンレストランや居酒屋を掛け持ち。パスタなどケーキ以外の料理と、接客やフォーメーションを覚えるためです。

パンチ そういったお店は誰かの紹介で行ったの?

小林 いえ、募集広告を見て、電話しました。できるだけ広くて大きなところがよかったんです。大は小を兼ねますから。70、80人のオペレーションを覚えたので、今ウチは15、16人のキャパなんですけど、それが若干楽に感じます。

パンチ 頭いいね~。厨房で何か作っているだけだったら、お客様の顔も分からないしさ。それも自分で考えたの?

小林 はい。自分のやりたい店のイメージがオープンキッチンで、そこもオープンキッチンだったんです。そのイメージはもともと、父親の店から来ているんですが……。カウンターにお客さんと父親が向かい合っていて、別にゆっくりできるスペースもあり、と。

パンチ 野球も何も一緒、イメージだよね。「こんなものを作りたい」というイメージに向かって、逆算する。ピッチャーだって「こいつはフォークボールで料理する」と思ったら、その前にカーブでこうしておいて、とか1球1球考えて組み立てるじゃない。

小林 野球選手のとき、それがもっとできたら、もうちょっと長く現役でできたかもしれないですけど(笑)。

パンチ そのころは若かったから、1球1球、ほら! ほら! って感じだったんだ。

小林 そうです。今になってやっとテレビでじっくり見て、配球とか分かるようになってきたというか……(苦笑)。

パンチ 俺も今になって、インコースの打ち方が分かったんだよ(笑)。

<「4」へ続く>

●小林敦司(こばやし・あつし)
1972年12月8日生まれ、東京都出身。拓大紅陵高からドラフト5位で91年広島に入団。サイドスローに転向し、5年目の95年にプロ初勝利を含む16試合に登板。97年には30試合に登板し、防御率2.20の好成績をマーク。同姓の小林幹英投手につなぐ「あつかんリレー」が話題となる。01年ロッテに移籍も、同年限りで引退。59試合登板、1勝1敗0セーブ、防御率4.40。現在は「2-3 Cafe」(東京都渋谷区猿楽町24-1 ROOB2-1F)のプレーングマネジャーとして料理の腕を振るう。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成=前田恵 写真=山口高明
(更新日:2018年3月12日)

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