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阪神・新庄剛志が二刀流で輝いた日【1999年3月5日】

週刊ベースボールONLINE


この日の最速は143キロだったが、まだまだ球速は上がりそうに見えた

 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか紹介していく。今回は3月4日だ。

 1999年3月5日、熊本・藤崎台球場、巨人─阪神戦。4回に、その男の名前がアナウンスされると、球場が一気に沸いた。

 大きな拍手の中、マウンドに向かったのは、阪神・新庄剛志だ。名将・野村克也監督がキャンプから取り組んだ目玉が外野手・新庄の二刀流。この日は、そのオープン戦、初お目見えだった。

 巨人の1番手は元木大介だったが、ストレート一本でセカンドフライ。続く新人・二岡智宏は外角への142キロのストレートでショートゴロ、最後は後藤孝志をスライダーでセンターフライで三者凡退とし、18球でお役御免。野村監督は「マウンド慣れしてきたみたいだな」と及第点をつけた。実は紅白戦2試合は2イニングで5失点。今回が投手としてはラストチャンスとも言われていた。

「たまたまです。相手が打ち損じてくれただけ」と新庄は謙虚だったが、キャンプ序盤のいわゆる野手投げではなく、投手らしいフォームになっていた。マウンドでは風格も感じられ、敵将・長嶋茂雄監督も「球が速く感じた。もう1イニング見てみたかった」と、なぜか満面の笑顔で語っていた。

 この日、新庄はその後、センターに回って守備でレーザービームを見せ、9回には打者としてヒット。このままシーズンでも二刀流が可能では……と思われたが、最後の打席で左大腿筋損傷。翌日の試合から欠場となり、一気にトーンダウンしていった。

写真=BBM

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