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かつてドイツには人の言葉が分かり数が数えられる馬がいた。賢馬「ハンス」の物語

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賢馬ハンス
ドイツの天才馬、ハンスimage by:public domain

 19世紀末から20世紀始めのこと。ドイツ・ベルリン北部、高層アパートの中庭に人だかりができていた。

 高校の数学教師が、彼のもっとも聡明な生徒に数学の問題を出し、生徒が答えを出すところを皆が見物しているだ。

 初老の数学教師は、薄くなりかけた白髪の頭に黒い帽子を目深にかぶっているが、どこか誇らしげだ。それもそのはず、隣にいる自慢の生徒とは、彼の愛馬だったのだから。

数学教師が飼い馬を訓練、天才馬が誕生


 この数学教師ヴィルヘルム・フォン・オースティン(1838年~1909年)は、過去10年にわたり、賢馬ハンスのさまざまな認識能力を向上させようと訓練してきた。

 オースティンがなにか質問すると、ハンスは頭を振ってイエス、ノーを示し、足し算など数学の問題を出すと、蹄を踏み鳴らして数を答えた。

 ハンスは、頭の向きを変えることで方向を示し、左右の区別、色の識別もでき、時計を読んだり、トランプカードを認識する能力もあって、たくさんの異なる概念を理解することが可能だったという。ただ数を数えることができるだけでなく、かなり高度な算術ができたらしい。

 「5分の2プラス2分の1は?」オースティンが問うと、ハンスは蹄を9回鳴らし、間をおいて次に10回鳴らして、答えが10分の9であることを示した。「16の平方根は?」という問いには、4回足を鳴らし、「28の因数は?」と訊くと、2、4、7、14、28と答える。

 ハンスは言葉での質問にも答えることができた。「9を引いたら、残りは3になった。元の数字はなに?」これにも、12回蹄を鳴らして答えた。

 「365287149という数字の8の後に小数点を打つと、百の位の数字は何?」ハンスはすぐに5と答えを出した。

 この賢馬の才能は、数学に限らなかった。Aは蹄を1回鳴らし、Bは2回ならすといったルールを決めると、単語や人の名前をちゃんと書き出すことまでできた。

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足元のボードに蹄を打ち当てて数を示すハンス
image credit:public domain

 ハンスは記憶力も良く、カレンダー1年分が頭に入っているようだった。「その月の8日目が火曜日なら、次の金曜日は何日?」という問いにも答えられた。

 ハンスのこの多彩な才能には、当惑するところもあった。声色の違いがわかる、写真に写っている人を認識する、一日の時間を叩いて知らせる、麦藁帽とフェルト帽の違いがわかる、色の違いがわかるなどだ。ハンスの精神年齢は、13歳か14歳の子どもと同じくらいだと見積もられた。


ハンスの能力を疑う専門家が徹底調査


 当然のことながら、ハンスは多くの心理学者、動物学者、その他の分野の専門家の関心を引いた。当時はまだ、動物の認知や精神プロセスについての研究はほとんどなく、動物には人間のような知性はないとされていた。

 「高度な心理プロセスという観点から、動物の行動を解釈することは決してなかった」19世紀の著名なイギリス人心理学者C・ロイド・モーガンは言う。

 モーガンは、「高次の心的能力は、心的進化と発達のスケールがより低次のものの行動が解釈不可能だった場合のみの説明として考えるべきだ」としていた。つまり、動物には知性はないという考え方だ。この考えは、”モーガンの公準”として知られていて、比較動物心理学の基本的な教えになった。

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クレバー・ハンスとヴィルヘルム・フォン・オースティン
image credit:public domain

 メディアに注目されるようになると、ドイツの教育委員会がオースティンの科学的主張を調査しようと乗り出した。

 この役目を任されたハンス委員会のメンバーには、獣医、サーカスの団長、騎兵隊長、多くの教員、ベルリン動物園の園長も含まれていた。

 しかし、広範な調査を行った結果、委員会は1904年に、ハンスの能力にはなんのトリックもないという結論を出した。ハンスの知的能力は本物だと認めたのだ。

 次に、委員長の研究室で働いていた、若き心理学者オスカー・フングストにその評価判定が委ねられた。フングストは、入念に実験をセッティングし、ハンスを調べ始めた。

 オースティンが秘かにハンスに問題の答えを教えている可能性を排除するため、彼を実験に参加させなかったが、オースティンが不在でも、ハンスの回答は正確だったため、フングストは驚いた。

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数学の能力を披露する賢馬ハンス
image credit:public domain

ハンスは出題者のサインを読み取っていた


 それでもまだ、なんらかのトリックがあるはずだと考えたフングストは、質問者に着目した。ハンスが質問者の声のトーンや挙動、姿勢などの微妙な変化を読み取っている可能性があるからだ。

 これを確認するため、質問者も答えを知らない状態で出題してみると、たちまち、ハンスの正解率が低くなった。

 ハンスが正しく答えるためには、質問者が答えを知っておりかつ見える位置にいることが必要だったのだ。

  フングストはこの実験の手順を次のように説明している。

もし、オースティンが、ハンスのそばで正解の数字をこっそり教えられるなんらかの手段をとっていたとしたら、周りの人間にはわからない。そこで、似たようなからくりで実験してみた。

なんのからくりもない状態で行った31回の実験のうち、ハンスが正解したのは3回だけ。この3回の正解は偶然だと思われる。一方でからくりがわかっていた場合の正解率は、31回中29回だった。この一連の実験から、ハンスは計算問題を解いているのではないことがわかる

 また、フングストは、問題を出す者がハンスからかなり離れていると、ハンスは正しい答えを出すのが難しいことを発見した。

ハンスが正解を出すときの質問者との距離は、たいてい25センチから50センチとかなり近い。これまでの実験はすべてこの距離でやってきた。この距離を変えてみて、どんな影響が出るかみるために実験を70回行った。

すると、頭を動かして答えを示してきたハンスの正解率は、最大3.5メートル離れた場合まで正確だったことがわかった。3.5メートルから4メートルの間になると、突然、正解率は60~70%に下がった。

質問者との距離が4メートルから4.5メートルの間になると、正解率は3分の1にまで落ち込み、4.5メートルを超えると、正解数はゼロになった。

これらの多数の実験は、オースティンの同席のもとで行われたが、ハンスの聴力の正確性をテストしているという印象を与えるようにし、実際には、ハンスがオースティンの体の動きをどれだけ正確に知覚しているかを試験していた

 フングストが行ったすべての実験で、ハンスは残念ながらいい結果を出せなかった。

 ハンスの認知能力や記憶力はごく一般的で、天才と言われるほどの能力は持ち合わせていないことがわかった。

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聴衆の前のクレバー・ハンス(1904年)
image credit:public domain

ハンスは主人の仕草を読み取る能力に長けていた


 ハンスの能力は、問題を出す者が放つ外的刺激に完全に依存していることが明らかになってから、フングストは質問者のほうを観察し始めた。

 質問者が意識せずにやっている、ハンスに与えるヒントのようなものがなんなのか、見極めるためだ。ハンスが答えを出そうとひとつひとつ蹄を鳴らしている間に、質問者の呼吸、姿勢、顔の表情が、無意識のうちに変化しているのに、フングストはすぐに気がついた。

 ハンスの蹄を鳴らす回数が正解の数に近づくと、質問者の顔や首の筋肉が強張るのだ。そしてついに、正解の回数が叩かれると、その緊張が急に緩む。それが合図になって、ハンスは蹄を鳴らすのをやめるというからくりだ。

 ハンスがかすかに知覚できるこうした合図がわかると、フングストはさらに進んだ実験を試みた。自分が馬の立場になってみたのだ。協力者に答えの数字を頭に入れてもらい、ハンスが蹄で音をたてたように、ものを叩いて音を出しながら、その人の身振りや表情などボディランゲージを観察した。

 驚いたことに、協力者は答えの数字が近づいてくると、微妙な体の動きを抑えることができないようだった。

 フングストの実験から、賢馬ハンスには、主人の顔に現れたほんのわずかな合図を読み取る優れた能力があることが証明された。これはこれですごいことだ。平均的な人間よりも遥かに優れた能力だ。

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賢馬ハンス(1910年)
image credit:public domain

無意識のうちに被験者を誘導する「賢馬ハンス効果」


 研究者は無意識のうちに被験者を誘導することができるというフングストの結論は、今は動物を含め人間対象の研究でも広く認識されていて、”賢馬ハンス効果”として知られている。

 先入観を防ぎ、なんの予測もさせないよう、あらかじめなんの知識を入れないことで、実験結果を損なわないようにし、知覚、認知心理学、社会心理学などべつの分野でも多くの実験が二重盲式で行われた。

 これは、実験が完了するまで、その実験についてのさまざまな情報を、実験者も被験者もわからないようにすることだ。クレバー・ハンス効果は、警察犬の能力にも影響することがある。

 例えば、犬が麻薬のにおいを感知できたかどうか以前に、ハンドラーの顔色や挙動をうかがって判定してしまうことがある。そうなると正しい判定ができなくなってしまう。


それでも飼い主は、ハンスを天才だと信じ愛し続けた


 フングストがハンスの真の能力を暴露したにもかかわらず、賢馬ハンスブームは相変わらずだった。飼い主のオースティンはとくに意に介さず、ハンスを連れてドイツじゅうを旅して、聴衆の前でこの計算ショーを無料で披露した。オースティンは心から賢馬ハンスの馬らしからぬ知性を信じていたようだ。

 1909年、オースティンは亡くなり、その後、ハンスの飼い主は何度か変わった。1914年、第一次世界大戦が始まったとき、軍用馬として投入されたというが、その後のハンスの運命は知られていないが、1916年に戦闘中に死んだとされている。


Math horse – Clever Hans – Truth REVEALED! – Must See!
References:Clever Hans / amusingplanet/ written by konohazuku / edited by parumo

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