ゲームクリエイター松山洋氏(中)ゲーム会社かあ、全然考えていなかったなあ
ゲームクリエイター松山洋氏(中)ゲーム会社かあ、全然考えていなかったなあ
音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフ […]

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

松山洋の人生と彼が生み出す作品は、良い意味で「特殊」だ。今回のインタビューを読んでいただければ、私の言った「特殊」という意味はきっとご理解いただけるだろう…。ただ、読み進めていく途中では、彼の姿は単にエンタテインメントへの想いが熱く、濃く、深い人、としか映らないかもしれない。いや、それでは困るのである・・・待ってほしい、全てを読み終わるまでのしばしの時間、この「エンタメ異人伝」にお付き合いいただきたい。

松山洋にとって、エンタテインメントは単なる「娯楽」ではない。それは彼に言わせれば人を救う薬、そう、「娯楽」の「楽」に「草冠」が必要なものだ。エンタテインメントは人々を救うもの…そんな純粋な気持ちはどこから生まれるのか…今回の「エンタメ異人伝」は、松山洋を形成するもの、彼を動かすモチベーションに迫るものである。

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの第2回です。第1回(上)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄

夕方のアニメを観るために部活動を抜け出していた

ーー 中学でもやっぱりそういったものが友だちとのコミュニケーションというか、つながるポイントになっていたんですか?

松山 その頃にアニメーションにハマったんですよ。小学校5年生のときに『機動戦士ガンダム』がテレビで放送され、そのあとガンプラブームっていうのがきて、クラスメイトみんながガンプラにハマったんですね。もちろん私もそうです。で、そのあとに放送された『マクロス』、『ダンバイン』、『エルガイム』、『ガリアン』、『ダグラム』(注23)……『風の谷のナウシカ』の劇場版が公開されたのも、ちょうどその頃でしたね。それで、マンガとアニメが娯楽のすべてで、当時ビデオデッキとかなかったんで走って家に帰って観てましたね。

注23:いずれも80年代に放送されていた人気ロボットアニメ。正式タイトルは『超時空要塞マクロス』、『聖戦士ダンバイン』、『重戦機エルガイム』、『機甲界ガリアン』、『太陽の牙ダグラム』。

ーー でないと間に合わないわけですね。

松山 そうです。地方は夕方なんですよ、アニメが。しかも、私は部活動をやっていたので体操服のまま学校を抜け出して1回家に帰ってました。それで、アニメを観たらまた走って学校に戻って、さもトイレに行ってたかのようにそのまま部活に合流するという。

ーー 部活は何をされていたんですか?

松山 バスケです。

ーー バスケですか。メンバーが足りないとかでバレたりしなかったんですか?

松山 子どもが多かった時代で部員も何十人っているから、ひとりふたりいなくなっても分からないし、トイレ行ってきますって言えば何も言われなかったんです。で、ダッシュで家に帰って汗だくで戻ってきて、知らん顔してまた練習してました。

でも、中学生ぐらいから周りが変わり始めたんですよ。小学校のときまでは男子も女子もマンガとアニメにみんな夢中。休み時間は『キン肉マン』とか『北斗の拳』のマネをやってたはずなのに、中学になって『聖闘士星矢』のマネをみんなしなくなったんですね。「おい、どうした?」「マンガやアニメは変わらず面白いのに、なんで興味を示さなくなったの?」っていう。で、やっぱ中学に入ると、親の問題もあるんだと思いますけども、塾に行き始める人間が出てきたんです。いわゆる高校受験に向けてだと思うんですけど、みんな急に勉強をやるようになったんですね。

オタクを卒業するタイミングって…

ーー そうでしょうね。

松山 けど、私は塾って行ったことがないんですよ。学校の授業でちゃんと学んだことを発揮すればテストで点を取ることは可能なので、なんでマンガを読む時間を削って塾に行かなきゃいけないんだっていうのが分からなくて。親からもだいぶ行けって言われたんですけども断ってました。自分の成績が低すぎて、学校の勉強じゃ不十分だから塾に行けっていうんだったら道理が分かるけど、一定の成績を保ってるのに行かなきゃいけない理由はないし、周りがみんな行ってるからっていうのは理由にならないと。それで、私はやっぱりマンガを読んだんですよ、アニメを観てたんですよ。けど、周りはどんどん卒業し始めて。しかも、今度は彼女とかセックスとかって言い出すんですよ。

ーー それはまあね、分かります(笑)。

松山 なんか彼女がほしいとか彼氏ほしいとか言い出して、コイツら急に色気づきやがってと。ヤンキーとかも出てきたりして、どんどんみんな中学で(マンガやアニメを)卒業していって、気がついたらクラスのほんの数人だけがいまだに好きで観てるっていう。しかも、そういう人たちはいわゆるクラスのオタクグループというヤツで、ちょっと変な目で見られてるなって。

ーー そこから抜けられない人たちだと。

松山 ヘタするといじめの対象というか、アイツは変だみたいな状態に。悪い目立ちかたをすると、そうなるじゃないですか。なるほど、こっちばっかじゃダメなんだなって思って、そういうクラスの中での立ち位置っていうのを考えるようになったんです。部活動とか彼氏彼女の話とかもやっとかないと、これはヘンなことになるな、と思って両方やるようにしたんです。だから、クラスの悪いグループとかともツルんでたし、一方でマンガやアニメもずっと変わらず見続けてました。

それで、中学の途中でファミコンブームがきたんです。1983年ですね。ファミコンが出て社会現象になって、みんなファミコン、ファミコン。誰の家に行ってもファミコン。もう、みんな完全にマンガとアニメの話をしなくなっちゃって『ゼビウス』の話、『マリオ』の話、『ドラクエ』の話ばっかりするように。でも、エンタメにみんなが夢中になるのはすごいいいことなので、これはこれでいっかあって思いながらマンガも読んで、アニメも見て、ファミコンも遊んでましたね。

ゲームクリエイター松山洋氏(中)ゲーム会社かあ、全然考えていなかったなあは、【es】エンタメステーションへ。

(更新日:2018年2月10日)

Series シリーズ

Pick up ピックアップ

人気キーワード

Category カテゴリー

HOME