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【石田雄太の閃球眼】青学だらけの初夢

週刊ベースボールONLINE


青学大出身で、オリックス3年目を迎える“和製アーロン・ジャッジ”杉本裕太郎

 今から9年前――2009年1月2日、人生で初めて、箱根駅伝の応援に出掛けた。その理由は母校の青山学院大が予選会を勝ち抜いて、33年ぶりに箱根駅伝への出場を決めたからだった。

 我が家が目指したのは4区、二宮のあたりだ。でっかい紙に“33年ぶりの箱根、青山学院、がんばれ”と描いた応援旗を持って、一家で沿道へ陣取った。目の前を山梨学院大や早大、日大、東海大、中大といった強豪校のランナーが颯爽と駆け抜ける。明大、帝京大が順位を上げている真っ只中で、東洋大、駒大はこの時点では遅れていた。やがてフレッシュグリーンの青学大がやってくる。もちろん順位は後ろのほうだ。この年の4区はキャプテン・先崎祐也選手が任されていた。あらん限りの声を振り絞って、声援を送った。姿が見えてから通り過ぎるまで、体感では10秒ほどだったろうか。何位であろうと、ほんの10秒であろうと、母校が箱根駅伝に出場し、目の前で応援できる幸せを思う存分、噛み締めたものだった。

 十年一昔とはよく言ったもので、ほんの9年前のことなのに、当時は「箱根」と「青学」という2つのキーワードにまだ何の関連性も見出せない時代だった。33年ぶりに出場した09年の箱根駅伝、青学は総合22位。これは途中棄権の城西大を除くと最下位にあたる。それでも襷を途切れさせることなくつないで、箱根路を走り切ったことに見るものは心を震わせた。繰り返すが、これは9年前のことだ。

 その翌年には8位に躍進を遂げて、シード権を獲得。11年にも9位に入ってまたもシード権を獲得し、箱根に出場することが当たり前の存在になった。12年には5位入賞を果たし、その後も8位、5位と、箱根での青学は上位に食い込むことが当たり前だという価値観をあっという間に作り上げる。そして、15年にはついに箱根駅伝、初優勝――以降、今年の逆転による4連覇まで、箱根での青学は、応援する側からすれば勝って当たり前の横綱相撲を期待してしまう常勝校にまで上り詰めた。今や「箱根」と言えば「青学」であり、「青学」と言えば「サザン」を押しのけて「箱根」を連想させる、そんな域にまで達している。

 では、硬式野球部はどうか。

 このコラムが野球好きとのキャッチボールであることを考えれば、どうしてもそこに触れないわけにはいかなくなる。戦国とはいえ、東都で2部リーグに転落したのが14年の秋。以降、青学は1部復帰を果たすことができず、昨年は春、秋ともに2部リーグで3位。昨年末には、青学を4度も大学日本一に導いた名将・河原井正雄さんが4年ぶりに監督に復帰した。この春のリーグ戦から指揮を執ることになっている。

 プロ野球の世界にも青山学院大の出身者は多い。侍ジャパンの前監督・小久保裕紀は青学の4年次に主将として史上初の大学日本一に導いた。また東都史上、唯一の三冠王に輝いた井口資仁は、今シーズンから監督としてマリーンズを率いる。青学のOBとしては井口が初めてのNPB球団の監督ということになる。

 現役に目を向ければ、スワローズの石川雅規が今年、プロ17年目のシーズンを迎える。去年は4勝にとどまったものの、通算156勝は現役最多。今シーズンも先発ローテーションの一角を担うことを当たり前のように期待されている。さらに楽しみなのは、バファローズに揃ったスラッガーだ。フルスイングから豪快な一発を放つ吉田正尚と、190センチの“ラオウ”こと杉本裕太郎の2人である。

 青学では左の吉田が三番、2学年先輩で右の杉本が四番を打った時期があり、大学時代のアベック弾も3度あったらしい。背番号は吉田がブライス・ハーパー(ナショナルズ)の34番、杉本がアーロン・ジャッジ(ヤンキース)の99番をつけている。スイングのシルエットも、バッティングスタイルも、いいほうに出たときにはそれぞれ“和製ブライス”、“和製ジャッジ”と呼ぶに相応しいこの2人。彼ら、青学コンビが一年間、打って当たり前の存在となって打線を活気づければ、今シーズンのバファローズは一躍、優勝戦線に躍り出るのではないだろうか。

 東都リーグで1部復帰、石川が3年ぶりの2ケタ勝利、吉田と杉本がそろって30発、井口監督がリーグ制覇、そして来年の箱根駅伝では5連覇を達成……なんて青学だらけの18年の初夢は、いくらなんでも調子に乗り過ぎだろうか(笑)。

文=石田雄太 写真=GettyImages

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