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【プロ野球仰天伝説23】球史に残る異色投法。背面投げの小川健太郎

週刊ベースボールONLINE

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

王対策として編み出した投法



変則投法で王に立ち向かった小川

 球史に残る変則投法が中日のアンダースロー、小川健太郎の背面投げだ。左足を上げた際(小川は右投げ)、重心を下げたところで右腰あたりから、ヒョイと投げるもので、3年連続被打率4割を超えていた巨人・王貞治対策として考えたものである。

 記念すべき第1球は、外角に外れてボール。続いて6回裏にも投げたが、外角へのワンバウンド。それでも3回がライトライナー、6回が見逃し三振だから、ストライクにこそならなかったものの、ひとまず効果はあったようだ。

 その後、球界でボーク論争も起こったが、“合法”となり、8月31日、10月19日にも1球ずつ王の打席で投げている。しかし、いずれもボール。これで小川はあきらめたのか、変則投法を“封印”した。

 背面投げの練習は69年の春季キャンプから始め、以後、毎日20球は投げていたという。捕手の木俣達彦によれば、練習ではほぼストライクだったというからすごい。ただ、王は「最初はびっくりした。でも、超スローボールを投げられているのと同じだから投げ方も気にならなくなった」と語っている。

小川健太郎(おがわ・けんたろう)
1934年1月12日生まれ。福岡県出身。明善高から54年テストを受けて東映入団。2年で退団し、社会人でプレー。64年30歳で中日に入団し、67年には29勝で最多勝に輝いた。70年オートレースの八百長疑惑で逮捕され、永久追放処分。98年10月8日死去。主なタイトルは最多勝利1回、沢村賞1回。通算成績253試合登板、95勝66敗、防御率2.62。

写真=BBM

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