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【プロ野球仰天伝説07】空振りしたのに打者の腹に当たった杉浦忠の曲がり過ぎるカーブ

週刊ベースボールONLINE

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

サインを出されても決まってクビを振り……



通算187勝を挙げたサブマリンの杉浦

 1958年南海入りし、いきなり27勝で新人王。2年目には38勝4敗、防御率1.40で優勝、最多勝、最優秀防御率を獲得。チームを優勝、日本一に導き、ダブルでMVPを手にしたアンダーハンドが杉浦忠だ。得意のパターンは右打者なら外へのスライダーでファウルを打たせ、内角高めで空振りさせるパターン。

「59年に関しては三振も狙って取れました。特に右打者のインハイにはうぬぼれていた。きちんと決まれば打たれたことがありません。自分でもすごかったと思いますよ」と杉浦。地面スレスレから来て、高めに浮かび上がる快速球だった。

 ただ、左打者はやや苦手にした。アンダーハンドはもともと左打者には見やすいと言われるが、杉浦の場合、カーブが曲がり過ぎたのである。外角のストレートと思って踏み込んでスイングしたのに、打者のドテッ腹にボールがめり込むシーンもあった。

 捕手の野村克也にすれば、「時々は当たっても仕方がない。踏み込めなくなるから効果は高い」のだが、サインを出しても決まってクビを振り、「ノムやん、悪い。当てたくないんだ。ストレートだけで抑えるから大丈夫だよ」とニコリ。「で、実際、抑えるんやけどね」と野村は苦笑いだった。

●杉浦忠(すぎうら・ただし)
1935年9月17日生まれ。愛知県出身。挙母高から立大を経て58年南海入団。1年目から27勝を挙げて新人王に。翌59年には最多勝、最優秀防御率のタイトルを獲得、MVPにも。巨人との日本シリーズでは4連投4連勝で日本一を呼び込む。70年限りで現役引退。86年には監督に就任し、南海最後、ダイエー最初の監督となった。95年野球殿堂入り。2001年11月11日死去。主なタイトルはMVP1回、新人王、最優秀防御率1回、最多勝利1回、最多奪三振2回。通算成績577試合登板、187勝106敗、防御率2.39。

写真=BBM

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