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10年前のロッテ/故障者続出、必勝リレーが不発も若き力の台頭で上位に君臨

週刊ベースボールONLINE

10年ひと昔と言うが、それだけ年月を重ねればプロ野球のチームも様変わりしてしまう。ここでは年末特別企画として、10年前、2007年のペナントレースを12球団ごとに振り返っていこう。

【2007年度チーム成績】
バレンタイン監督
パ・リーグ2位
144試合 76勝 61敗 7分 勝率.555

【BASIC ORDER】
投手 小林宏之(先発)
投手 薮田安彦(中継ぎ)
投手 小林雅英(抑え)
捕手 里崎智也
一塁 福浦和也
二塁 オーティズ
三塁 今江敏晃
遊撃 TSUYOSHI
左翼 大松尚逸
中堅 早川大輔
右翼 サブロー
DH ベニー

「今年は何かが起こる」



ソフトバンクを下し、CS第1ステージ進出を決めたバレンタイン監督は「千葉マリンの皆さん、世界で一番デス!」と叫んだ

 日本一から4位へ転落した2006年を経て、V奪回を目指したロッテ。07年は豪快な一撃で幕を開けた。

 3月24日、4点ビハインドで迎えた日本ハムとの開幕戦(千葉マリン)の6回二死満塁で、ソフトバンクから移籍のズレータが中越え同点弾。試合は7回途中で降雨コールドも、相手エース・ダルビッシュ有を打ち込む価値ある引き分け。しかも06年の泣きどころだった四番のバットがいきなり火を噴いたのだ。

 続く2戦目も延長12回引き分けで、パ・リーグ33年ぶりとなる開幕2戦連続ドローの珍事。選手たちは「今年は何かが起こる」と話し、新生・マリーンズを印象づける序盤の快進撃が始まった。

 その呼び水となったのは、オリックスから移籍してきた早川大輔の二番定着だろう。このガッツマンが開幕1カ月で定位置を確保したことにより、日替わり打線の四番までが固定され、軒並み調子を上げた。5月5日には、右ワキ腹挫傷が癒えた福浦和也が三番に復帰。それと同時に、四番にサブローが座ると、チームはさらに上昇気流に乗る。5月26日、首位に浮上し、優勝争いをリードした。

 この5、6月、初回に得点した試合は16勝3敗1分けと高い勝率を誇った。つまり、TSUYOSHI、早川という快足巧打の一・二番コンビが出塁し、福浦、サブローの三、四番がかえす。速攻型のロッテ野球が確立されていた証拠と言える。

 2年前に“つなぎの四番”としてブレークしたサブローは、6月に入って時の人となる。3日のヤクルト戦(千葉マリン)から9打数連続安打のチーム記録を達成するなど、打率.392で自身初の月間MVPに。だがこのころ、チームに暗い影が落ち始めていた。

 4月15日に受けた死球で、ズレータが左手小指を骨折。その後も出場を続けたが、6月3日に手術のため米国へ帰国し、約3カ月の長期離脱を強いられる。時を同じく今江が左手有鈎骨骨折で約2カ月間の離脱。さらには6月25日、すでに3連覇の夢が消えた交流戦のラストゲームで悪夢が重なった。横浜に完封負けでリーグ首位から転落した挙句に、先発の久保康友が打球を左手甲に受けて骨折し、約1カ月の離脱を余儀なくされたのだ。
 

大きかった2投手の存在



4年目の成瀬が16勝1敗と大躍進した

 本格的な夏を前に加入したオーティズは大いに打棒を振るったが、狂い始めた歯車は容易に戻らない。4月9日に首位打者に立つなど打線のアクセントとなってきた青野毅が手首腱鞘炎で7月末に登録抹消。信頼の厚いリリーフ陣、薮田安彦、藤田宗一、小林雅英の「YFK」も同月に崩壊した。

 藤田は6月21日に512試合連続救援登板のリーグ記録を樹立するも、開幕から不調で防御率は10点台。薮田も7月の防御率は5.63。“幕張の防波堤”小林雅も防御率3.60と精彩を欠いた。結局、薮田はホールド王となるが、小林雅は9月半ばに二軍落ちするなど、「YFK」は本来の安定感を取り戻せなかった。

 それでも9月末まで優勝争いに踏みとどまれたのは、2人の投手の存在があったからだ。29歳の右腕・小林宏之と4年目左腕・成瀬善久。小林宏は開幕から先発ローテを守り自己最多の13勝(3敗)。成瀬は16勝1敗、防御率1.82で防御率と勝率の2冠を獲得。4連敗以上がなかった要因を主将・里崎智也は「小林宏が安定した投球を見せてくれたし、大型連敗がなかったのは成瀬がいたから」と話した。

 クライマックスシリーズは第1ステージでソフトバンクを2勝1敗で破ったが、第2ステージは日本ハムの前に敗退。しかし、最終第5戦まで好勝負を演じた。「故障者が多く、苦しい中で1年間良い戦いができた」とバレンタイン監督は07年シーズンを評した。

写真=BBM

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