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【大学野球】受け継がれるモットーの「全力疾走」を貫く亜大野球

週刊ベースボールONLINE


12月9日、亜大野球部創部60年パーティーで挨拶するソフトバンク・松田。4年間の思い出と、来シーズンへの抱負を語った

 お祝いの席にも関わらず、まさかの二文字が飛び出した。12月9日、都内で亜大野球部の創部60周年パーティーが行われ、大学関係者、OBなど約450人が出席し、盛大に行われた。

 祝宴も終盤となった謝辞で、亜大・生田勉監督が登壇。亜大卒業後、社会人野球・NTT東京を経て母校のコーチを12年務め2004年、監督に就任してから14年が経過した。

「1年目に大きな不祥事が起きました。何をして良いのか分からない状況……」

 大学の上層部からは「廃部」と言わるほど、事態は深刻化していたという。たたきつけられた現実。翌05年春のリーグ戦は出場停止処分により、二部リーグに自動降格となった。

「頭の中が真っ白の中でのスタート。強い亜細亜大学、愛されるチームになるため、14年間、突っ走ってきました」

 厳しい時間を過ごしている中で、「救い」となる言葉があった。1957年(昭和32年)の創部以来、受け継がれてきたモットーが「全力疾走」である。試合中の攻守交代はもちろんのこと、東京都西多摩郡日の出町にあるグラウンドでの練習を見れば、キビキビとした動きに目を奪われることは間違いない。

「全力疾走は疲れます。でも、過去の先輩たちは、全力疾走でチームを支えてきました」(生田監督)

 05年、4年生で主将を務めたのが今季、ソフトバンクの日本一に貢献した松田宣浩である。大学3年秋までに東都大学リーグ戦通算15本塁打。青学大・井口忠仁(現・資仁)のリーグ記録24本塁打を目標としてきたが、3年秋にして、数字は途絶える形となった(二部リーグの数字は通算成績に反映されない)。最も厳しい時代を経験してきたキャプテンなのである。

 4年春はリーグ戦を戦えず、同秋は二部からの再出発。背番号1を着けた主将は身を粉にして動き、二部優勝、そして中大との入れ替え戦で一部復帰。以降、亜大は一部の座を守り続け、11年秋から14年春まではリーグ史上初の6連覇を遂げるなど、“戦国東都”においてトップランナーを走り続けている。

 実績は大学だけにとどまらない。ソフトバンク・松田、東浜巨、DeNA・山崎康晃、広島・薮田和樹など、OBがプロ野球の現役で活躍。大学4年時にドラフト指名を受ける選手に加えて、社会人での実績が認められNPBへ進む選手が多いのも特長だ。つまり、選手層の厚い亜大では出場機会に恵まれずとも、4年間の豊富な練習量により、社会人で素材を開花させる。そんなケースもよく見られる。「亜細亜出身なら大丈夫!」。各企業チームからは野球だけでなく、伝統的に礼節がしっかりしていることからも、全幅の信頼があるという。


 生田監督が「学生野球は毎年、メンバーが変わっていく」と語るように、戦力が拮抗している東都一部で勝ち続けるのは、容易なことではない。それでもなお、継続的に強く、愛されるチームを作ってきた背景には、地道に積み重ねてきたモットーにほからならない。

 松田は言った。

「これからも学生は、伝統を守ってほしい」

 この挨拶を受けて、18年の新主将となった頓宮裕真(4年・岡山理大付高)にパーティー後、話を聞いた。

「先輩が築いてきた一部のバトンを後輩にも受け継ぐ。亜細亜の『全力疾走』をテーマに置いて、技術どうのではなく、気持ちで戦っていく」

 表面上の「気持ち」ではない。キャプテンの言葉には心がこもっていた。今秋は東洋大とのデッドヒートの末、優勝をかけた3回戦で惜敗し、リーグ制覇を逃した。全部員が、東洋大の歓喜を見届けた。創部61年の18年春。「V奪回」をテーマに、亜大野球が神宮で躍動していく。そこには、勝敗だけでは語り尽くせない感動がある。

文=岡本朋祐 写真=BBM

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