top_line

【見せるだけ】おトクな割引クーポンをGET!

内村航平“鉄棒専念”で金メダル?白井健三、萱和磨が抱く信頼感。

Number Web


2015年10月の世界選手権は男子団体総合で優勝。(前列左から)早坂尚人、萱和磨、白井健三、内村航平らのメンバーで、笑顔で表彰台に上がった。 (photograph by KYODO)

 2004年アテネ五輪から’16年リオデジャネイロ五輪までの五輪4大会において、体操ニッポンの男子は団体総合で金2、銀2のメダルを獲得してきた。

 その中の3大会(北京・銀、ロンドン・銀、リオ・金)でメダル獲得に貢献してきた内村航平が今夏、種目別の鉄棒のみに絞って東京五輪の出場権獲得を目指すと表明した。

 内村は、ロンドンとリオでは団体予選と団体決勝の各6種目をすべて演技して日本を引っ張った。若手にとっては目指すべき存在であり、世界の評価基準を示してくれる選手であり、お手本でもあった。

 体操ニッポンのど真ん中で先頭を歩んできた内村の決断を、東京五輪の団体金メダル獲得を目指す選手たちはどのように受け止めたのだろうか――。

内村は白井に「体操は6種目やってこそ」と。

 ’13年秋、ベルギー・アントワープで開催された世界体操選手権。高校2年生で初出場した白井健三の名は、一躍世界中に知れ渡るところとなった。

 17歳という若さで種目別ゆかの金メダルを獲得したから、だけではない。ゆかで2つ、跳馬で1つ成功させた世界初の技に、「シライ」「シライ2」「シライ/キムヒフン」と自身の名が次々とついた。

 それまでの常識を覆す4回ひねりをいとも簡単にこなし、つけられた愛称は「ひねり王子」。ニックネームは各国の言語に翻訳され、メディアを賑わせた。

 ゆかと跳馬のスペシャリストとして世界に躍り出た白井に、「体操は6種目やってこそ」と言い、オールラウンダーへの転向を促したのが内村だった。

 ともに天才肌で、ひねりの技術に関しての繊細な感覚を共有することのできる2人は、次第に師弟のような関係になっていった。

「決断の裏には、誰よりも考えている航平さんが」

 ナショナル合宿では2人が話している姿をしばしば見た。大会などがあまりない冬の間は、「しょっちゅう電話しています。1時間以上話すことも珍しくないですよ」(白井)と言っていた。

 7月下旬に行なわれた男子ナショナル合宿の取材で、白井は、内村が「鉄棒に専念する」と表明したことを受け、どのように感じたかを聞かれ、このように言った。

「これまで、いろいろな決断をしている航平さんを目の前でたびたび見てきました。例えばこの技を入れるだとか、種目別ではこの技をやってみたいとか、そういう細かい相談です。

 そして、その決断の裏には、誰よりも考えている航平さんが毎回いました。ですから、今回の大きな決断も、誰よりも航平さん自身が考えて、最終的に決めたものだと思います。

 僕を初めとして、誰にも否定する権利はないと言いますか、本人が下した決断ですから、それが最善のものだと思っています」

鋼の意思を持つアスリートとして独り立ち。

 白井は、自身が経験した5度の世界選手権と1度の五輪のすべてで、内村とともに戦ってきた。’15年4月に内村の母校でもある日本体育大学に進み、内村も指導を受けた畠田好章監督の教えで、徐々にオールラウンダーとしての取り組みを深めていった。

 そして、リオ五輪の翌’17年には個人総合の選手として代表に選ばれるようになった。

 内村が予選の最中に足を痛めて途中棄権した’17年のカナダ・モントリオール世界選手権では、フロアから去る内村にポンと肩を叩かれ、瞬間的に顔をゆがめた。無言の内村が右の手のひらで伝えたのはおそらく、「後は頼むぞ」というメッセージ。

 白井は期待に応えた。大会中は見ていて分かるほど、日を追う毎に集中力と自信を増していき、個人総合で見事に銅メダルを獲得した。

 スペシャリストとして揺るがぬ評価を得ていた選手が、オールラウンダーに転身してメダルまで獲ってしまうとは、並大抵の努力ではない。

 しかも、個人総合の後に行なわれた種目別のゆかと跳馬では金メダルに輝いている。白井は内村の有言無言の薫陶を受け、オールラウンダーとスペシャリストとの両立を目指すという鋼の意思を持つアスリートとして独り立ちしていた。

 その白井がきっぱりと言うのである。

「航平さんは僕にとって、どんな決断をしてもリスペクトしている選手です。僕としては、その決断を応援するだけと決めています。ですから素直に、鉄棒1本に絞ったことに関して、僕は応援したいと思っています」

37年ぶりの世界選手権団体金メダルの獲得。

 ’15年秋、英国グラスゴーでの世界選手権では、同い年の白井に負けじと頭角を現していた萱和磨が、初出場ながらきっちりと仕事をこなし、1978年以来37年ぶりとなる団体金メダルの獲得に貢献した。

 個人総合では1カ国から2人しか出られない決勝に内村とともに進出し、10位となった。得意とするあん馬では種目別銅メダルを手にし、しっかりとインパクトを残した。

 だが、萱は満足していなかった。団体決勝ではあん馬1種目のみの出場にとどまっていたからだ。

 内村が長い間、6種目に出続けていたように、団体決勝での出場種目数が多い選手はそれだけチーム内で与えられた任務が多く、重要な立ち位置にいることが分かる。

萱が表彰台死守の原動力となった。

「1種目では足りない。団体戦で必要とされる選手にならなければいけない」

 そう決心した萱は、代表入りを果たせなかった’16年リオ五輪と’17年世界選手権の間に、じっくりと力を蓄えていた。

 そして、’18年カタール・ドーハでの世界選手権で3年ぶりに代表に返り咲くと、’19年シュツットガルト世界選手権ではエースの座を担った。

 日本はこのとき、「ピンチ」に見舞われていた。

 内村と白井がケガで代表から漏れていたうえに、チームを引っ張ると期待された実力者の谷川航と谷川翔が大会前に相次いで負傷。さらに、最年長の神本雄也や、高校生だった橋本大輝を含めて、メンバー5人中3人が世界大会初出場という経験の浅いチームだった。

 聞こえてくるのは「内村不在の日本」「経験不足が不安な日本」という下馬評。ネガティブな声が渦巻く中、萱は団体総合予選から団体決勝までをノーミスで演じきり、決勝では内村以来となる全6種目に出場して、表彰台死守の原動力となった。

きっと金メダルを獲ってくれる──。

 その萱は、内村の決断に対して、このように語った。

「航平さんが鉄棒に専念すると聞いた時は、新しい日本を作っていかなければいけないなと思いました。昨年の世界選手権でも、航平さんがいない中で戦い、僕自身、自覚が芽生えてきていました。

 日本中の誰が見ても『今の日本チームでも大丈夫だ』と思われるような存在に、僕自身なっていきたいです」

 7月下旬のナショナル合宿では、久々に内村とも一緒に練習をし、あらためてレベルの高さを感じたという。

「今、航平さん凄いですよ」と言って、内村の順調ぶりを明かしながら、「航平さんは鉄棒1本に絞って、最後にきっと金メダルを獲ってくれると僕は思っています」と言った。

 東京五輪の体操競技の大トリは男子の種目別鉄棒。金メダルを予言し、期待した。

「今回もそうですが、合宿では後輩である僕たちの話をいろいろと聞いてくれます。これからは団体として一緒に戦うことはなくなったのでしょうが、僕の中では一緒に戦っているような気持ちがあります。心の支えにもなりますし、やはり学ぶことはある。とにかく今は、僕自身がもっとしっかりしなければと思っています」

「安心感を得ることができました」

 白井の目にも、鉄棒に絞って練習をする内村は生き生きと映っているようだ。

「航平さんはすごく明るい表情で、今回の合宿でも気さくに後輩に声を掛けてくれています。久しぶりに会ったのですが、変わっていない。安心感を得ることができました」と白井も笑顔を浮かべて言う。

 内村や白井、萱らの選手たちは、9月20日から22日に群馬・高崎アリーナで開催される全日本シニア選手権が、久々の実戦となる。

 文字通り新しく塗り変わっていく体操ニッポンの未来。どんな地図が描かれていくのか、期待を持って見つめたい。

text by 矢内由美子
「オリンピックPRESS」

TOPICS

ランキング(スポーツ)

ジャンル