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イケメン落語家・瀧川鯉斗、「少年時代に名古屋で暴走族入りした経緯」を告白!

アサ芸プラス

●ゲスト:瀧川鯉斗(たきがわ・こいと) 1984年、愛知県出身。東京に生まれるが、父親の転勤で3歳の時に北海道、小学3年時に名古屋市へ転居。中学生の頃から反抗期が始まり、高校には進学せず暴走族の総長に。2002年、役者を目指し上京。アルバイト先で開催された現在の師匠・瀧川鯉昇の独演会を見て、05年に入門、瀧川鯉斗となる。09年、二つ目に、19年5月に真打に昇進した。

 元暴走族総長という異色の経歴を持つ若手落語家・瀧川鯉斗。「ワイドナショー」(フジテレビ系)での「手越祐也を5000発殴る」発言が物議を醸したばかりだ。天才テリーも嫉妬するイケメンは、特攻服を脱ぎ捨てて、なぜ落語家になったのか。師匠や落語へのあふれる愛を語り尽くした!

テリー 手越(祐也)に対する発言が話題になりましたね。「5000発殴る」。

鯉斗 はい(笑)。すごい反響で、「冗談じゃねぇ」とか「手越に謝れ」とか、SNSでたくさんコメントが来ました。普通にシカトしましたけど。でも、こんなに反響が来るんだっていうのは、驚きましたね。

テリー あの発言はどういう思いだったんですか。

鯉斗 いやぁ、日本中が大変な時、しかも志村(けん)さんも亡くなってという中で、女友達を呼ぶっていう心持ちがダメだと思って。つい出ちゃいましたね。

テリー 今、目の前に手越がいたら殴るんですか。

鯉斗 いやいや、こっちも負傷しちゃうんで(笑)。

テリー そうだよねぇ(笑)。鯉斗師匠は、2019年5月に真打に昇進されて、今は立派な師匠ですけど、その前はバリバリの暴走族の総長だったという。

鯉斗 えぇ、反抗期で。やってましたね。

テリー 生まれは?

鯉斗 東京です。でも父が転勤族で、3歳の時に北海道に引っ越したんですよ。小学3年生の時にまた引っ越しまして。それから少年期はずっと名古屋です。

テリー じゃあ、名古屋で悪かったんだ。なんで暴走族になったんですか。

鯉斗 環境ですかねぇ。(名古屋の)天白(てんぱく)っていうところだったんですけど、医者のせがれの友達から、こっち(頬に傷のしぐさ)のせがれまで、ピンキリだったんですね。で、ヤンチャをやっていた先輩の中に憧れの人がいまして。すごくオシャレで格好よくて、男気もある人だったんですよ。

テリー あぁ、若い時はそういう不良に憧れるよねぇ。で、その人が暴走族だったんだ。

鯉斗 はい。昔の暴走族のイメージは、たぶんこう(リーゼントのしぐさ)だと思うんですけど、昔、木村拓哉さんが出てたドラマの「ロンバケ(ロングバケーション)」ではやったロン毛みたいな髪型で。

テリー もう「ビー・バップ(・ハイスクール)」じゃないんだ。

鯉斗 僕らの時は。まぁ、田舎にはいましたけどね。名古屋の中でも田舎ですけど。

テリー 俺、全然わからないんですけど、暴走族って何するんですか。

鯉斗 夜にバイクで走るのがメインですね。

テリー 車は大変だもんねね。お金もかかるし、車庫証明もいるし。

鯉斗 そうですね。

テリー 何に乗ってたの?

鯉斗 いろいろですね。(カワサキの)ゼファーだったり、(ホンダの)CBXとかCBR‥‥。

テリー あ、ということは限定解除じゃなくて‥‥。

鯉斗 400までです。

テリー そうだよね、限定解除って難しいんだよ。

鯉斗 そうですね。取りたいと思っても、なかなか。

テリー でも俺、昔、取ったんですよ。ハーレーに乗りたくて。

鯉斗 えっ、そうなんですか。すごいですね。うらやましい。やっぱり、400以上のバイクは憧れますよ。

(アサヒ芸能8月6日号「天才テリー伊藤対談」=1=)

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