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圧倒的なメジャーのパワーに巨人が沈黙/週べ回顧1971年編

週刊ベースボールONLINE

試合開始時間をどうするか



表紙は左からオリオールズのパウエル、巨人・王貞治

 今回は『1971年11月22日号』。定価は90円。

 椋鳥軍団、オリオールズが来日以来10戦し、7勝3分とまだ負けがない。
 
 ボルチモア・オリオールズはア・リーグ3連覇中で、2年連続世界一を目指したワールド・シリーズでパイレーツに敗れた直後。カッカしていたので、ついつい熱くなったとも言われた。
 とにかく選手層が厚い。ブルックス、フランクの両ロビンソン、パウエルを中心とした打線にドブソン、クエイヤー、パーマーらの投手陣は、まさに「世界最強軍団」だ。
 当時、「日米の差は縮まった」という声があり、「7連覇中の巨人なら互角に戦えるのでは」の声もあったが、結果は無残だった。11月2日、富山での試合は巨人単独チームがドブソンにノーヒットノーランを食らい、翌日の新聞で、
「巨人史上最悪の日」「日本一が泣きべそをかいた」
 と書き立てられた。
 王貞治も口惜しさを通り越したか、サバサバとした口調で、
「面白くないな。速いし、コントロールがいいし、次に何を投げてくるのか分かっていても、それを打てない。あんまりすごくてあきらめがついたよ」
 と話していた。

 このあまりの負けっぷりに、大洋の中部謙吉オーナーが「全日本川上哲治監督様へ」とメッセージを送った。
「平松(政次)、堀内(恒夫)、山田(久志)、江夏(豊)を2回から3回でいいから全力投球。高田(繁)、大杉(勝男)、張本(勲)、長嶋(茂雄)、王で二度打ってダメなのは交代」

 オリオールズとともにアメリカからキューン・コミッショナーらが来日。日米コミッショナー会談も行われたが、席上、キューン・コミッショナーから「近い将来、日米決戦のために努力しよう」との発言があった。
 これまでなら、日本側から出ていた発言を先に言われた形だが、オリオールズに対する、あまりの負けっぷりに、日本側は苦笑して聞くしかなかったようだ、 

 話を変える。7連覇の巨人戦は、当時からテレビ視聴率20パーセント超えのドル箱だった。
 当時試合開始は19時が多かった。18時まで働き、その後で、という観客のことを考えてだろう。しかし、これだと8時開始、9時26分で打ち切られるテレビ放映に入り切れないことが多くなっていた(試合時間が伸びていたことは書いた)。
 6時半スタートは、すでにパでは採用し、セでは巨人以外同意していたが、巨人は「8時の段階で勝負が決まっていたら逆効果」と反対意見を出していたようだ。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM

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