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【石田雄太の閃球眼】名コラムが教えてくれたこと

週刊ベースボールONLINE


日本シリーズ第3戦の初回、盗塁阻止率“.194”のホークス・高谷裕亮が、二盗を試みた盗塁成功率.875のベイスターズ・梶谷隆幸を刺す

 日本シリーズの間、朝が来るのが楽しみだった。3年ぶりに名物コラムが復活していたからだ。デスクとなって現場を離れていた渋谷真さんが綴る、中日スポーツ『龍の背に乗って』――このコラムが日本シリーズ特別編として、期間限定で掲載されていたのである。

 以前もこの欄で渋谷さんのコラムについて触れたことがあった。彼の綴るコラムは、事前にデータを集め、試合の機微を察知し、試合後の当事者に取材、それを読者の思いに重ねて、読みやすい文体でまとめるという“ファイブツール”が揃っている、と……加えて渋谷さんのことを物静かで観察力に長けた記者だと表現したら、周りから「ちっとも物静かなんかじゃない」と抗議を受けてしまったのだが(笑)、いやいや、試合後の渋谷さんの息を潜めて獲物を狙う目はやはり侮れないと、今回もあらためて思い知らされたものだ。

 渋谷さんは普段、誰よりも早く球場へやってきて、記者席で一人、何やらノートをつけているのだという。選手や関係者からの信頼が厚いだけでなく、膨大な記録が頭の中に叩き込まれているのは、そうした日々の積み重ねを怠らないからなのだろう。そういうデータに加えて、熱烈な野球愛とともに刻まれた過去のいろんな名場面が渋谷さんの記憶から引き出され、日々のコラムを彩る。

今年の日本シリーズで圧巻だったのは、第3戦について書かれたコラムだった。連敗して迎えた本拠地での初戦、反撃を期すベイスターズが初回、フォアボールで出塁した桑原将志に盗塁させた。それが失敗に終わると、それでもひるまず梶谷隆幸にも二盗を狙わせ、またも失敗に終わる。データを重視するベイスターズのアレックス・ラミレス監督が、梶谷の.875という盗塁成功率と、ホークスのキャッチャー、高谷裕亮の.194という盗塁阻止率を並べたとすれば、確率論的には「ほとんど起こらないプレーが勝敗を分けた」(中日スポーツ『龍の背に乗って』)と渋谷さんは書いている。

 その背景にあったのは、高谷のケガだった。達川光男コーチを直撃した渋谷さんは、彼の言葉からこんな事実を引き出している。

「春先は刺しとったんよ。でもファウルチップが当たってのお。人さし指の先っぽが折れて、ツメがのおなっとったんよ」(同コラム※球団発表では右手中指を骨折)

 傷が癒え、全力送球が可能になった高谷の数字の裏の情報を、ベイスターズがどれだけつかんでいたかと、渋谷さんは疑問を呈していた。このコラムを読んで思いを馳せたのが、最近のデータ重視の野球である。MLBではデータ分析によってもたらされた情報を重視する野球が全球団に広がり、チームの編成から試合のオーダー、戦術に至るまで、そのほとんどをデータ分析に長けた背広組が活用し、机上で野球が行われている。極端な守備位置や配球からも勘というものは排除され、根拠を必要とするデータが優先される。そんな風潮について、イチローがこんな話をしていたことがあった。

「こっち(MLB)は、今やいろんなことがコンピューターでコントロールされてしまって、分析された結果に人が動かされている状態にあります。そうなると、野球が頭を使わなくてもできてしまう競技になるのが怖くて……だからこそ、僕の野球が、そういう人たちが持っていない何かを提供できたらなと考えます。彼らの想定の中におさまってたまるか、という気持ちはありますよ」

 ホークスの高谷の盗塁阻止率は指のツメがなくなっていた時期も含めた、均された数字だ。痛みがひどい時期、その数字は1割にも満たなかったかもしれないが、それでも高谷のリードを含めた安心感を求めるピッチャーがいるから盗塁を刺せない状態でも試合に出なければならなくなる。ツメが治れば、盗塁阻止率が1割台のキャッチャーではないのだ。そうした数字だけでは測れない選手の“温度”を、データはどこまで拾えるのか。もっといえば、どんなデータであっても、たとえばその選手が朝、夫婦喧嘩をして家を出てくれば、数字の信頼性は失われるのだということを、背広組は忘れてはいないだろうか。

 野球は机上のゲームではない。感情を持った人間が織りなすゲームなのだ。そこを忘れて数字に踊らされがちな最近の野球界に、渋谷さんは警鐘を鳴らしたかったのかもしれない。期間限定で復活した名コラムを読んでそんなことに思いを巡らせた次第である――。

文=石田雄太 写真=BBM

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