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日本映画の巨匠たちが選んだロケ地は今【木下・川島編】

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執筆:Avanti Press

古い映画を観る楽しみのひとつに、今はもう失われてしまった風景を見ることが挙げられます。製作当時にはありふれていたのだろう日常の光景が、年月を経て、私たちの目にとても新鮮に映ります。日本映画史上に燦然と輝く名作のなかに残された、半世紀以上前の日本の風景を振り返ってみましょう。

木下惠介監督『二十四の瞳』~先生と生徒が過ごした小豆島

昭和初期から戦後の激動の時代を背景に、漁村の分校に赴任してきた若い女性教師と12人の教え子たちのふれあいを描く、壺井栄原作、木下惠介監督の不朽の名作『二十四の瞳』(1954)。

Story:小豆島の岬にある分教場に赴任してきた女学校を卒業したばかりの大石先生(高峰秀子)は、12人の新一年生たちの担任に。「女だてらに自転車なんかに乗って」と村の大人たちは当初冷たい目を向けるが、子どもたちと大石先生の絆はさまざまな出来事を通して次第に深まっていく。しかし、やがて戦争の影が忍び寄り、子どもたちもそれぞれの運命に巻き込まれることに……。

二十四の瞳の像(撮影:Avanti Press)

舞台となっている香川県の小豆島は、瀬戸内海で淡路島に次ぐ面積を持つ大きな島。島を1周するのに主要道路だけを走っても車で3時間、半島の先まで回ると4、5時間はかかります。分教場の撮影では、小豆島の南にある岬・田浦地区に1902年、「田浦尋常小学校」として建てられ、1910年に「苗羽小学校田浦分校」(小豆郡小豆島町田浦甲977-1)となった切妻瓦葺平屋建の校舎が使われました。

現在も大切に保存されている苗羽小学校田浦分校(kawayasu/PIXTA)

田浦分校は1971年に閉鎖されましたが、現在もオルガンや机などが当時のまま保存されており、多くの人が訪れる観光スポットになっています。

教室の中に入って座ることも(撮影:Avanti Press)

田浦分校から約700メートル南には「二十四の瞳 映画村」(小豆郡小豆島町田浦)があります。1987年に浅間義隆監督、田中裕子主演で再映画化された際に使われた分教場や昭和初期の町並みを再現したオープンセットが公開されているほか、壺井栄文学館、昭和30年代の映画館を再現した松竹座などがあり、さまざまな資料や映画看板などが展示されています。

「二十四の瞳 映画村」ギャラリー松竹座映画館2階にある「書肆海風堂」から見た岬の分教場(撮影:Avanti Press)

大石先生の家は岬の対岸の町にあり、そこから分教場まで海岸沿いの道を自転車で50分かけて通っているという設定です。いたずらで作った落とし穴で大けがをしてしまった先生のお見舞いに行こうと、子どもたちが泣きながら歩くのもおそらく同じ道。

映画では醤油工場の煙突の近く、としか家の場所は示されていませんが、ちょうどそのあたりの西村地区は小豆島のオリーブ栽培発祥の地。近くには小豆島オリーブ公園(小豆郡小豆島町西村甲1941-1)もあります。オリーブ栽培の歴史は古く、1908年に始まったそうなので、大石先生家の近所にもオリーブの木があったかもしれません。

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